日本周遊の旅

岬と峠紀行(庄内、最上②)鳥海山②、最上川、国道458号線、肘折温泉

6月25日も快晴。
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まずはガソリン補充をしてから二日続きのの鳥海山。
宿のある場所はちょうど鳥海山が日本海に落ち込む場所遊佐にあります。

宿からは1㎞も離れていない鳥海ブルーラインへ、
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この道の入り口にあるのが十六羅漢、
その駐車場から海岸へ出るとき、目の前の藪の中へ小さな動物がもぐりこんでいきました。
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瞬間の目撃ではっきりはしませんが黄テンだったような。
どれが十六羅漢? 案内板と首っ引きしないと分かりませんが何んとなきそんな感じ。
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ブルーラインを登っていきます。
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大平大展望台(1000m)から見下ろす日本海。
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秋田県にかほ市へ、
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鉾立から鳥海山を望む、山頂はちょうど雲の中。
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しばらく下ったところで奈曾渓谷の圧巻。
奈曾川が削った斜度50度ほどの渓谷です。
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秋田方面を見ると丘陵には風力発電の風車が多く見えます。
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象潟に出ます、国道7号線を酒田方面へ。
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山形県に立ち戻り、
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遊佐の島崎にはアマハゲ、山形県にもなまはげの伝統があるのか?
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無形文化遺産です。

道の駅鳥海で寛ぎます。
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岩ガキ特売中、多くの人が並んでいます。
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魚介総菜の店にあった、初めて見る魚焼き機。
分厚いかれい?を焼いています。
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道の駅から東へ、ここでうっかりミス。
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最初の予定では国道344号線を真室川へ向かう予定でしたが、今指向する道は国道345線でした。
しばらくR344と思い込んで東へ。

もう一つの思い込み、防風のために設置されていると思い込んでいたこの柵。
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本当の名前は防雪柵、豪雪地帯でもあるこの地域では、わざと地吹雪の風をこの柵で加速させて道路の雪を吹き飛ばすメカニズムらしいです。
自然の力をうまく利用した知恵ですね。

滔々と流れる最上川を渡ります。
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その名も最上川橋、
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このあたりで国道の間違えに気づきますが、それと共に国道344号線が途中で通行止めになっているという情報も、ラッキーでした。
続いて国道47号線に、
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最上川も平野を流れる滔々とした流れから渓流の趣が出てくる頃、古口の道の駅戸沢藩舟番所へ、
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そろそろ昼時、メニューにありました!
冷たい鶏蕎麦大盛で1300円。
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鶏蕎麦?肉蕎麦は確か山形の名物、本来はもっと山形中央部の名物のようですが美味しくいただきました。

最上川の川下りは、水上観光船30選で5年連続1位の栄冠に輝いているとか。
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舟番所にふさわしいですね。

国道47号線の旧道を大蔵村へ行くつもり、
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ところがここで鮭川発見!
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そもそも今回は何で山形の、それも北部を選んだか?
それはこの本にありました。
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国道458号線、やまがた縦断裏ルートに残る未舗装路!
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新庄を起点に上山までまで南下するルートですが、不思議なことに新庄から北西の鮭川まで行き、そこから急角度で南下するルートに違和感を覚えたことから発します。(左地図左上)

大蔵村へ行って肘折温泉に早く浸かろうかと思っていましたが、あのサイの角のような道を走ろう!
そこで県道34号線を鮭川へ、ありがたいことに?しばらくは白バイの先導が付きました。
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鮭川の街の交差点で国道458号線を発見、やはり新庄からきて右へ折れています。
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まずは新庄の起点まで、
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最上公園が起点らしいのですが、通行止め、
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ここから再度鮭川へ、国道458号線のサイの角の部分、直進は先ほど来た県道34号線。
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国道?と思えるような狭い街並みを抜け、
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国道47号線の供用区間を抜け、大蔵、肘折方面国道458号線。
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実際に走ってみなけりゃわからない。
ここに芭蕉乗船の地がありました。
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芭蕉が詠んだ「五月雨をあつめて早し最上川」の句ができた場所です。
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船着場、この風景を詠んだのでしょうか。
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ここ本合海から芭蕉は川船に乗って下って行ったのでしょう。
船着場、
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ここには戊辰戦争のさなか西郷隆盛も来ているようです。
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また最上川も米沢方面から北上し、ここで大きく流れを西に変えています。
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大蔵村に入り、まずは村役場で情報収集。
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なにせ国道ならぬ酷道458号線、この先どうなっているか分かりません。
ところが土木課などの担当ではなかったせいか?とりあえず寒河江まで行けるかどうかわかりません。肘折温泉までは行けるようですが国道458号線踏破は難しいか。

その先で見つけた清水城跡、
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河岸段丘の丘の上に築かれた最上氏の支城ということです。
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たおやかな掘割に囲まれた落ち着ける城跡です。
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国道458号線、寒河江55km、肘折11km。
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ちょっと寄り道、日本棚田百選。
四か村の棚田、
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横道の棚田
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庄内平野の広大な田園地帯を見たあとでは何とも言えない哀愁を感じますが、ここに根を下ろして水利を確保し石垣を築き、米作りに精をだしたご苦労を偲びます。
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いよいよ左は寒河江、右肘折。
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やはり寒河江方面は今年年末までは全面通行止め。
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急こう配のスロープを下りきると
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肘折温泉。
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ここから月山に登れる登山道があるということで行けるところまで行こう、と進みましたが、これも工事中で行けませんでした。

今日の宿は四季の宿松屋旅館。
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温泉は一つですが泉質は抜群、疲れが癒えました。
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そして夕食、
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左前の馬刺しの旨い事!馬刺しは福島と思っていましたが山形の馬刺しもいける!
さくらんぼ「やまがた紅王」も食べ放題。
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若主人手打ちの蕎麦も旨かった!
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そのうえ仲居さんがサービスでパチリ。
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美味しく食べて楽しく酔えました。

走行距離は221km
所用時間は8時間でした。

行程は
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その中のサイの角の部分、
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岬と峠紀行(庄内、最上①)土門拳記念館、鳥海山①鳥海イヌワシ未来館

6月24~26日は山形県を周りました。
山形県は4回目ですが、初回は学生時代に天童の友人を訪ね、2回目は息子と米沢の大学見学、3回目は仕事で豚肉加工の会社訪問だったことを思い出します。

日本海沿いに北上しましたが、出発したときは曇り。
後立山もすそ野がわずか。
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黒姫野尻湖PAで小休止、
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6時前に出発したせいかパワーが出ません。
苅羽PAで少しだけ仮眠をとったら回復。
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日本海東北道へ、
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村上瀬波温泉で高速を下りて、
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ここからは笹川流れへ国道345号線を、
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ここ笹川流れまでは2回来たので、今回の旅ではここが出発点。
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山形県境を越えます。
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ちょうど昼時、サービスエリアで昼食を摂ろうと思いましたが休館中です。
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海沿いを走っているとそば屋の看板が、
店名は何と売虎(うるとら)庵、
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海を見渡せる席に、
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頼んだのは鶏せいろの相盛、二八と田舎そば。
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相盛ではこれ以外に麦切りという選択もありましたが、それがその後の後悔を招きます。
麦切りとは細いうどんということでスルーしましたが、麦切りは山形の名物だったことを後で知りました。

なるべく海沿いの道を、ということで県道50号線を行きますが、
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トンネル前で通行止め。
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国道112号線を酒田へ、
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山形県養豚研究所がありました。
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目に留まったのが土門拳記念館。
土門の庶民性からすると立派すぎる建物ですが、彼の出身が酒田だそうです。
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現在のテーマは「土門が撮った愛」
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笠置シズ子
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島崎藤村
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そしてポスターにもあった託児所の母子、母が子にそそぐ愛がストレートに感じられます。
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土門の書は力強い!
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弁当を持ってこない子、隣で男の子が弁当を食べる傍らで本を読んで空腹を紛らわす女の子。
筑豊は田川での一瞬。
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江東の子、姉弟
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そして鳥海山の冬景色、これから登ります。
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会社から頼まれたマーケットリサーチのためにYAMAZAWAへ、
ここの鶏総菜が好評だそうです。
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鳥海山へはどう登ろうか? とりあえず鳥海山荘を目指すことに。
路傍に折りたたんであるのが冬の強風を避ける風除け、折りたためるのは新型か?
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昔ながらの旧型もありました。そういえば北海道でも見かけたかな。
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鳥海高原ラインへ、崖崩れ復旧中を入ります。
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鳥海山荘や、
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家族旅行村、
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その手前にあったのが鳥海イヌワシ未来館。
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入ってみますが、見学者は私一人、そして無料です。
鳥海山周辺の猛禽類、
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鳥が飛べる仕組み。翼で浮力を得て動力で推進力を得る飛行機と同じです。
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ここは環境省の野生動物保護センターのひとつだそうですが、本州ではここだけ。
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佐渡のトキ、西表島のイリオモテヤマネコ、対馬のツシマヤマネコ保護センターは行って見ましたが、残りは4か所、ぜひ全部周りたいものです。
ただこの周辺で確認されているイヌワシは一つがいのみ、保護といっても際どい状態になっていることが憂いです。

鳥海高原ラインを行けるところまで、滝の小屋まで行こう。
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山頂が間近に見えます。未だに雪渓が厚く残っているところがあります。
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ここが車で行ける終点、
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ルートはこんな感じです。
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下るときに見えた山形の山々。
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今日の泊りは遊佐、やまがたの北の端です。
日本海東北道の建設中。
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十六羅漢岩方面へ、
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泊りは湯の田温泉酒田屋旅館、海に面しています。
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夕食は質素にして十分でした。
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そして日本海に沈む夕日もごちそう!
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移動距離は530km
所用時間は10時間50分でした。

行程は
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村上以降、未知の領域はこんな感じでした。
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岬と峠紀行(大井川源流)接阻峡、畑薙ダム

6月17日も晴れました。
寸又峡の渓谷、
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今日は接阻峡から井川へ、そこから大井川源流を車が行けるところまで行きたいと思います。

宿で情報収集しても、寸又峡から大井川源流へは道路崩壊があって4時間ぐらいかかる大回りルートでないと行けない、またはそっちのことは分からないという返事ばかり。
私は寸又峡というのは大井川の一部と思っていましたがどうもそうではないみたい、同じ大井川の源流部とはいっても寸又峡という支流部と本流部の情報交流はないのかな?
まあ行けるところまで行きましょう!

接阻峡や長島ダム方面へ、このあたりの道もかなりな激坂です。
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長島ダム、
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接阻峡温泉駅にたたずむ小さな列車。
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南アルプスあぷとライン、千頭⇔井川間26kmを走る日本で唯一のアプト式鉄道です。
アプト式というのは歯形のレール(ラック)と、機関車の歯車(ピニオン)をかみ合わせて急こう配を上り下りする列車のこと。ラック&ピニオンといえば自動車のハンドルを回す機構のことですね。

その駅前にあった川根本町資料館やまびこ。
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休館中とあったので先に進みます。
接阻峡温泉の旅館街は静か。
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ありました、通行規制の立て看板。
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私がたどり着いたのが8:35、8:30までは通行可能だったのに。
どうしよう、次の通行可能は10:00。ゲートが閉まっているわけではないのでとりあえず行ってみよう、とも思いましたが、礼儀正しくここは敗退します。

道を戻って川根本町資料館やまびこに来たのが8:45頃。
開館は9:00となっていましたが、男女の職員さんが大歓迎をしてくれて入館に。
そうしたら展示が興味を引くものばかり!
うつ鉄砲、うつとは獣道のこと。うつに鉄砲を仕掛けておいて獣が触れたら自動的に発射されるもの。
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はね罠、生木の柔軟性を活かして獣を獲る罠。
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モグラ獲りとトラバサミ
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以上は狩人の道具。

木馬、木道の上を伐採した大木を滑らせて運ぶ仕組み。
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寸又峡上流で運行していた森林鉄道。
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ここも木曽や遠山郷と同じく、戦前戦後には森林伐採のメッカだったことがわかります。
珍しいのが昭和初期のプロペラ船、当時の人は「飛行艇」と呼んだそうですが、島田から千頭までの大井川を運行していたらしいです。
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そして大井川、安倍川上流に点在していた金山。
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武田氏は金山開発に力を入れたようですが、このあたりもその一部だったのでしょう。

資料館の展望台から見る茶畑。
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そして館員の方に貴重!!な絵地図をいただきました。どうやら昔の資料の中にあったものを探しだしてくれたようです。
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大井川水系源流部が一目瞭然、これでどこまで行けるか、行ってはいけないかが詳しくわかります。


ということでアッという間に10:00。それではこの先へ進みましょう!
この道=閑蔵線はしばらく南アルプスあぷとラインと並走します。
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と思ったら対向車が、運転手が「この後大型車が2台来るよ」と教えてくれました。
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確かに、この道も狭くて面白い。
ここが災害復旧工事の場所でしょう。
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ここからが大井川上流へ行く本線、合流します。
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車で行けるのはこの先30km程の畑薙第一ダムまで、
井川オートキャンプ場
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ここでリニア新幹線工事の看板が。
この先の狭い曲がり角からいきなりダンプが飛び出してこないか?ちょっと緊張します。

これは旅から半月後、7月8日の新聞記事。
今まで大井川の水源が乱されると反対していた静岡県が、いよいよ賛成に回って工事着工となったようです。
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今後はここも、大鹿村や豊丘村のようにダンプが飛び交う道筋になってしまうと思うと残念です。

狭いトンネルも数か所、
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砂防堰堤も迫力があります。
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畑薙荘?地図では赤石温泉白樺荘とあったが。
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延々、そしてうねうねと長かった県道60号線の先に畑薙ダムが、
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直進すると林道信濃俣線、行けそうな気もしますが、先ほど頂いた地図上に記載はありません。
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ダムの堰堤を渡った先へは行けそうです。
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ダムの基部に建った南アルプス国立公園入口
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その先500m程、ここからは工事車両のみ。
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できれば椹島のキャンプ場まで行きたかったのですが、一般車通行止めでは致し方無い。
私の大井川源流行もここまで。
標識から見ると静岡駅からここまで約80km
あっさり引き返します。

ちょうど昼時、井川ビジターセンターへ。
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井川ダムができる以前、60年前の井川集落。
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食堂も併設、私は静岡らしい?ワサビ丼半そば付1100円。
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地元野菜も付いてあっさり美味しくいただきました。


さて、当初の目的は果たしたので帰路に付こう。
井川ダムの堰堤を渡って
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県道27号線を、この道も走り甲斐があります。
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この源流部に入って思ったことは、先行する車がすぐに道を譲ってくれること。
私が圧を加えるつもりも無い?のに。10台くらいの車が先を促してくれました、感謝です。

もう少し時間があれば左、梅ヶ島温泉にも行きたかったのですが、今日は右、静清バイパスへ。
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中部横断自動車道から中央道を経て大人しく帰ってきました。


今日の走行距離は315km、
所用時間は8:40でした。

今日の行程は赤線、青線と合わせて2日間の行程です。
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岬と峠紀行(信玄西上の道)三遠南信道、田峯城跡、三方ヶ原

6月16~17日は南信から奥三河、遠州、そして奥駿河を周ります。
テーマは二つ。
①武田信玄の最後の遠征である三方ヶ原までの道筋(信州以降)をたどること。
②奥駿河、大井川の源流を車で行けるところまで行くこと。
その前に三遠南信道路の進捗状況をわが目で確かめたいと思います。
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今日は快晴!
出発は5時47分、今までになく早く旅立ったのは、今日の行程が400㎞を越え、下道走りがかなり多く見込まれるためです。
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岡谷ジャンクションは、朝早いこともあってスムーズに通過。
座光寺スマートインターで下りて南信濃へ。
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県道251号線を上村へ、
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矢筈の巨大なインターで三遠南信道路へ、
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南信濃に入り、国道152号線を
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遠山郷を抜け、
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兵越峠を上ります。
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兵越峠、信玄はここを通ったのか、はたまた青崩峠を通ったのか?
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ここからは静岡県浜松市天竜区に入ります。
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ここからの下りでは三遠南信道路の建設中で交通規制、交互通行がしきりです。

水窪駅
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水窪の街は駅の対岸、細いつり橋を渡っていくようです。
河原ではアユ釣り?
駅前でアユ釣りができる場所は全国を探してもそうは無いでしょう!
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国道152号線を天竜方面へ、
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右に折れて国道473号線を設楽へ、ここからは狭隘路が続きそうです。
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目を対岸に移すと山肌に農家や茶畑が、さすが天竜川河岸の風景です。
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歴史と民話の里会館の標識に立ち止まりました。
立派な建物ですが、現在は浜松市の支所として使われているだけでした。これも市町村の合併で無駄になった遺産のようです。
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佐久間河合から東栄へは三遠南信道路が部分開通。
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それを降りてからは国道151号線から国道473号線へ、飯田方面へ戻る感じです。
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国道473号線はここも狭い!
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設楽の街を抜け、
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道の駅したらを過ぎて、そういえば長篠城跡や設楽が原に行った戻りでここに立ち寄ったことを思い出します。
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田峯十一面観音方面へ、
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田峯城跡はたおやかな丘の上。
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城跡の縄張り
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本丸のあった場所には歴史の里田峯、入館料220円。
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物見台は
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急な階段、上り下りには細心の注意が必要です。
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歴史の里での展示。
長篠(設楽が原)の戦いでの敗戦、敗走。
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ここの城主菅沼定忠は勝頼と共にここへ落ち延びたが、留守居の定直はこれを拒み、止む無く定忠は勝頼主従を伴って武節城まで落ち延びたということです。
(これは前回、武節城跡にあった長篠⇒田峯⇒武節への敗走路)
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かろうじて勝頼と共に甲州へ逃れた定忠は、その1年後田峯城を急襲し定直を打ち取った。
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そしてここ田峯にも、田峯田楽があります。
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菅沼一族の墓もありました。
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今回の目的は信玄の西上でしたが、趣旨を一部修正して勝頼の敗走路、田峯⇒武節間がどんなものなのか?体験したくなりました。
国道257号線を稲武へ、
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距離は40kmほど、その間には峠が2つほどあり、敗残の身では厳しい逃避行だったのでしょう。

懐かしい?武節城跡。
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これもお馴染み?になった道の駅で、ころそば大盛900円(ころそばとはぶっかけそばのこと)
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午後になって小腹がすくといけないので五平餅400円も。
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さっき来た道国道257号線を逆に浜松方面へ、
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勝頼の敗走路から信玄の進撃路へ舵を切り返しますが、時間が足りない!
浜松城や高天神城跡を周る時間が無さそうなので三方ヶ原古戦場へ、
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浜松市三方ヶ原墓苑?
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その一角に古戦場の碑がありました。
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武田VS徳川の図、
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どうも今回の旅、信玄と勝頼各々の進撃路と敗走路を絡めたことで田峯⇔武節に2時間を費やしたことが裏目に出ました。

これから大井川の上流寸又峡まで行かねばなりません。
東名高速を島田金谷で下りて、またまた国道473号線に出会いました。
今日は国道473号線の日です。
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ここにもありました地蔵峠、
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川根本町の桜のトンネルを抜け、
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県道77号線を寸又峡へ、
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今日の宿は3年前の5月にも泊まった翠紅苑。
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前回は二人、今回は私一人だったためか、部屋は裏手でちょっと暗かった。
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でも相変わらず温泉は最高! 
露天風呂で徳島から来た方と一緒になりましたが、それぞれのお国自慢に花が咲き夕食の時間に遅れそうになったほどです。
料理も簡素ながら美味しくいただきました。
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特にあまごの塩焼きは炭火で丁寧に焼いてあり美味しかった!
骨まで美味しい。(食いかけですみません)
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移動距離は426km
所用時間は11時間程でした。

行程は
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岬と峠紀行(東濃の山城跡②)妻木城跡、明知城跡、落合砦跡、武節城跡

5月31日は薄曇り、昨日の熱暑はいささか影を潜めそうです。
朝食では珍しくご飯のお替り。
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昨日恵那駅の案内所で手に入れた東美濃の山城と東美濃戦国史。
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夜のうちにルートを検討しました。

まずは昨日来る途中で見かけた妻木城跡へ少しだけ引き返します。
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ゴルフクラブへの道から分岐、すぐに砂利道に。
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その直後、目の前を黒っぽい毛皮が横切りました。
斜め向こうの林の中へ入っていったので確認はできませんでしたが、走り方からみるとカモシカ?
熊のドサッドサッという感じではなかったものの肝を冷やしました。

駐車場で城跡の縄張り確認、
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その際に銃を打つ音が、そういえば途中で射撃練習場の看板を見かけました。
その音で一安心? 天然記念物のカモシカを打つ人はいません。よってあのカモシカもここに住み着いているのでは? でも用心のために熊鈴は持っていきましょう。
少し上ると花崗岩の巨石が立ちはだかります。
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その上部に本丸跡、
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この城も東濃では重要な役目を果たしていたのですね。
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国道363号線を恵那方面へ、
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明知城跡へ行く予定ですが、その前に愛知との県境に串原城跡というのがあるそうなので寄り道。
愛知県境、
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県道403号線に入り串原の案内を見渡しても串原城跡は見当たりません。
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来た道を引き返すのも芸がないので、村道?林道?を迂回して明智城址ならぬ明知城址へ、
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ここも熊鈴の雰囲気、本丸跡へ。
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ここが本丸、この城の歴史は鎌倉時代からと古く、武田と織田の間でも合戦が4回繰り返されたそうです。
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明知城址から指呼の間に落合砦跡もあります。
砦跡から明智の街が一望できます。
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そこにあるのが光秀産湯の井戸、
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光秀の産湯に用いた井戸だとか。

明智町にあるのが大正村。愛知県犬山市の明治村の向こうを張ったものでしょう。
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ここで昼食、戦国カレーという鹿肉入りのカレー。
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夜陣のかがり火を意図してか蠟燭が灯っています。
戦国と名付けた割にボリュームはいまいち、テナントの五平餅もいただきましたが、これは香ばしくて旨かった!
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帰る前にもう一か所、奥三河の武節城跡へ行って見ましょう。
国道257号線を設楽方面へ、
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稲武市街へ入ります。
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武節城跡、ここは車で難なく到達。
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興味深い地図が。
武田と織田の激戦地帯だけあって長篠の戦などのストーリーがいっぱい。
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設楽が原で惨敗した勝頼が、田峯城へ入ることを拒まれこの城で一夜を明かしたというもの。
この地図を見ると確かに国盗り物語の感があります。
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稲武の街を旧中馬街道が走っています。
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そして道の駅の真正面に武節城址が、
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そこからは国道153号線を一路根羽村へ、
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信州根羽村に入ります。
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ここで私の一押しの店、住岡屋商店で晩飯のおかずを。
根羽で作ったお揚げとアナゴの煮つけ。
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大好きなお宝袋。
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を買って家路に。

昨日、今日の行程、
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今日の走行距離は241km、
所用時間は7時間半でした。




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