日本周遊の旅

信州百峠(105)大弛峠、朝日峠、彩甲斐街道

6月8~9日は奥さんが実家へ行く日。
それに合わせて計画したのが、車で行ける日本最高地点の峠=大弛峠。その峠の西に見つけた朝日峠も徒歩限定ですが行きたい。
そこから山梨市へ下って雁坂峠を抜けて秩父へ、二日目は国道299号線を辿って十石峠を越え信州へ帰還するという計画です。

国道254号線を佐久へ、
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佐久からは国道141号線を佐久穂町韮崎方面へ
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左国道299号線は明日戻って来るルート、今日は直進します。
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小海線の踏切を越えて南牧(みなみまき)村へ、明日戻るルートの近くには同じ綴りの南牧(なんもく)村もあるので混同しないように。
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左川上村へ、
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小海線の信濃川上駅で一服、
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右金峰渓谷方面へ
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道際に看板、金峰山川発電所見学会とあります。
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好奇心から道を下っていきます。
長野県企業局の金峰山川阿知端下砂防堰堤
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ここから水を落として回すS型チューブラ水車
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企業局には計画中も含めて29の発電所があるようです。三峰川の美和発電所もその一つ。
ここは運転開始が6月1日、ちょうど良い時期に出会わせたものです。
パンフレットやダムカードもいただきました。
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今までに2度来た道なので自信がありましたが道に迷って林道地蔵線?
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そうそうこっちです。秩父多摩甲斐国立公園
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その先、左へ行けば大弛峠です。
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と、その時大きな雄叫びが! ちょうどスマホを見ていたのでスマホが狂ったと思いきや、
背後の檻の中にはロボットウルフ、熊などが進出しないように設置されているのでしょうか?
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林道川上牧丘線を一路峠へ、最初は良い道!
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橋を渡るとダートに
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その後は大岩の転がる極悪路! そのうえ急坂でローかセカンドしか使えません。
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私の悪戦苦闘を尻目にオフロードバイクは軽やかにに登っていきます。
絶対的なパワー不足とサスペンションのストロークや柔軟性欠如、タイヤも小径で段差を乗り越えられません。などと愚痴を垂らしながら、
でもそろそろか?
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その時上から時速5kmくらいでおっかなびっくり下ってきた軽ライトバンのおじさん、不安げにこれからの道中模様を聞いてきました。
「これじゃ厳しいですよ、腹打ちしないように気を付けて」と言いましたが、その後ろのバイクのお兄さんは不満顔です。5kmじゃ林道走りの醍醐味無いでしょう。
5年ほど前、新聞配達用のカブで来たときは、途中オーバーヒートで3回程エンジンを冷やしながら来ましたが、今回は一応ノンストップでたどり着けました。

大弛峠(2360m)は大渋滞、こちらのダートが川上村林道川上牧丘線、その先の舗装路は山梨県営林道川上牧丘線。村営と県営の差がクッキリです。
麓のロボットウルフからここまで約13km、所要時間が45分。
それでも平均時速17kmほどで登った勘定です。
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峠に愛車を置いて朝日峠へ、ここからは徒歩です。
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聞いたところ峠までは30分ほど。
最初は急登
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足場も悪い!
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そのうち尾根道に出て、まだかなまだかな、と思いますが、
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大岩を回り込めば
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眼下に峠らしき窪地が、
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朝日峠(2433m)に着きました。
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ここで昼食と決めていたので、登山者が往来する中で愛妻おにぎり。
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ここには里から伸びる旧道が来ているようですが登山道以外は分かりません。
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往路40分、帰路が30分程、距離は片道2kmくらいでしょうか。
大弛峠との標高差たったの73m、でも疲れた。

大弛峠の鳥観図にも旧道が乗っています。
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山梨側への下降はいたってスムーズ、
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でもステップに足を乗せていると攣りそう、左足が痛くて曲げられません。
幸いなことにカブは下りでの左足操作が不要、足裏が路面をこする感覚も爽快です。
牧丘の千貫岩、200万年前の剣が峰火山の溶岩です。
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国道140号線に
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花かげの里まきおか
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敷地内には室伏学校、明治8年建設の山梨市文化財、
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重要文化財松本開智学校は明治9年ですので、こちらが古い、でも価値は国の重要文化財と市の文化財の差、年代以外にどこに違いあるのでしょう?

国道141号線を秩父へ
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道の駅みとみ
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雁坂トンネル有料道路へ
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料金は原付70円。原付二種でも同じかな?
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事前に調べたところ、このトンネルは原付OK,でも自転車や歩行者禁止らしいです。

延長6625mの雁坂トンネル。
一般国道では東京湾アクアトンネルに次ぐ2番目の長さ、山岳トンネルでは日本一、しかも原付が走れるトンネルとしては国内最長! それも70円で。
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ほぼ直線路をひた走ります。
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出口には彩甲斐街道出会いの丘、その碑にも「彩甲斐街道記念碑」
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どうやら国道140号線は彩甲斐街道と言うらしい、埼玉と甲斐の国を結ぶからですね。
雁坂トンネルの断面図
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中心部では大きな土圧がかかっていることでしょう。

秩父市へ
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栃本関所へ1,5km、
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ここは秩父往還、信州路と甲斐路の分岐点、甲斐へは雁坂峠、信州へは三国峠でしょうか。
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建物は幕末の物のようです。
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左中津川の標識がありました!
中津川渓谷を遡れば三国峠、それこそ関所の信州路への表記と符合します。
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次回は中津川渓谷を遡って三国峠に近づけるだけ近づきた。

三峰神社も次回の楽しみに取っておきます。
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道の駅大滝温泉、そこにあった秩父市立大滝歴史民俗資料館はカギが閉まっていました。
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大滝は名のごとく大滝で売り出し中、温泉も湧きます。
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秩父の象徴武甲山、
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今日の宿はルートインホテルグランド秩父
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宿の温泉は大滝温泉から運んできたものでした。

宿から歩3分の鮨キッチン粋で夕飯、
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お通しも豪華で旨い!
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だるまいかの刺身と桜エビのかき揚げを頼んで(写真忘れ)
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カウンターには見慣れないウヰスキーが、
Ichiro,s Maltとあるのであのイチローの名を冠したウヰスキー? と思ったら店主から訂正が入りました。秩父に蒸留所があり、創始者が肥土伊知郎と言うそうです。知らなかった!
とても価値が高いと自慢げ。

宿の隣の古民家? はと見れば、
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秩父セメント創業の地
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渋沢栄一も創業に関わったセメント会社がここにあったのです。
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この地から武甲山は目と鼻の先、渋沢は切り刻まれる前の武甲山を見て何を思ったのでしょう。
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飲みの最後に寿司とも思いましたが今日は簡単ライトにハンバーガーの夜食を食べてお休みなさい。
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信州百峠(102)裏木曽、野麦峠、柳蘭峠、濁河温泉、長峰峠

5月21日、これから晴れるかな?
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今日は快晴の予報、奥さんが「どこかへ行かないの?」と聞いてくるので、思いついて裏木曽へいくことに。
裏木曽とは御岳山の北側、岐阜県側の呼び名です。
上高地や安房峠へ行く国道158号線から分岐する県道26号線を野麦峠目指して進みます。
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県道39号線を野麦峠へ12㎞、晴れてきました。
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突如空から静けさを打ち破る轟音が! 4発プロペラ機が低空を飛び去っていきます。
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後で写真を拡大してみたところ米軍か自衛隊の輸送機らしい。鼻先の特徴からC-130ハキュリーズではないか? こんな山奥にも戦争の兆候が忍び寄っているようで怖いです。

信州最奥の川浦を過ぎ、
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草に埋もれた吊橋はかつて月夜沢峠を越えて開田へ続く道だったのか?
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程なく野麦峠(1672m)へ、乗鞍岳も顔を出しています。
家からここまで2時間、距離60㎞でした。
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今までの信州百峠では野麦峠までは来ましたが、岐阜県側へ下ったことはありません。
20年ほど前に岐阜側から登って来た思い出はありますが、その時はかなりの悪路だった印象です。
峠にある野麦峠の館(日本唯一峠の資料館)は閉館しています。
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資料館へのアプローチも草生してとても寂しい景色、残念です。

県道39号奈川野麦高根線、路面は狭くとも荒れたところはなくスムーズに下れます。
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野麦の集落を通過
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野麦の分校だった野麦学舎、
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路傍には「旧野麦街道糸引きのみち」
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国道361号線に合流左が木曽方面。
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これが国道から見た野麦峠への分岐、
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御岳山の裏側へ回り込みます。
濁河温泉まで15㎞。
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かなり上ったところに分岐が、柳蘭峠(1697m)野麦峠とほぼ同じ標高です。
ここを左へ
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濁河温泉はまだ8㎞もあります。ここまでくると寒さを感じます。
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下呂市に入りました、ここも左へ。
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濁河温泉着、向こうに停まっているのは私のバイクではありません。
CT125、ハンターカブです、ちょっとアイコンタクトして別れました。
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廃墟になった嶽の湯旅館
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御岳ホテルも休業中、
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この温泉で入浴を楽しんだ後昼食も、と思っていましたがあてがはずれそう。

白糸の滝
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その先で車通行止めに、
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対岸は登山道ではないようですが、
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あったのは平成のおさすり七福神、
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営業中らしい宿が湯の谷荘、声をかけたところ昼食は材料が無いので出せないが風呂はどうぞ、という嬉しいお言葉。
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入浴料800円でした。
内湯
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露天風呂
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濁川温泉という名前にしては濁りが少ないですね。
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金属味を少し感じる味、硫化水素のにおいもほのかに感じます。
この旅館は温泉街のほぼ中央です。
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風呂場に腕時計を忘れ途中で引き返すというハプニングがありましたが、その後木曾に向かいます。

この地は飛騨御嶽高原高地トレーニングエリアもあります。標高1200~2200mの間に様々なゾーンが設置されています。
ナショナルトレーニングセンター高地トレーニング強化拠点施設があり、その路傍には
「飛騨御岳尚子ボルダーロード」という碑も。
高橋尚子も走ったのでしょう。
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そこからは南に御岳山
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北には乗鞍岳が指呼の間?にそびえています。
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長峰峠からは長野県、
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峠の麓、開田の関谷には知人N氏の建設した省エネ住宅が
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表木曽から見た御岳山の姿。
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ここにある馬頭観音碑に注目、
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戦前にここ開田村には1800頭の木曽馬が飼われていましたが、戦時中軍の小各馬淘汰政策によって絶滅に瀕したことを反省し供養した碑です。
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時刻は1時半、さすがに腹が減ったのでそば処まつばで昼食、
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ざるそばと、
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写真を撮り忘れましたがかけそばを食べて元気回復。

今日のお土産は木曽町の御菓子田ぐちで、今が旬のほうば巻き
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ほうば巻きは枝に付いた葉っぱのままに作ってあります。
私は4個で一枝になっているものを購入。
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ほうばの少し強烈な香りに包まれた餅で季節を感じました。


今日の旅程は
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走行距離は233㎞でした。












日本周遊の旅(甲斐峡南)早川町、新倉露頭、奈良田、甲州街道

5月18~19日の快晴を選んで、今年初のバイクで遠乗り。
山梨県の早川町を目指します。

なぜ早川町か?
学生時代に親しくしていた友人に早川君がいました。
彼がいつも言っていた「俺は山梨の僻地の早川に住んでいた」という言葉。
その後早川町から北岳へと続く林道があり、早川奥地の奈良田までは車で行けるという情報があったのでいつか行きたいと思っていました。

国道20号線で塩尻峠を越え、
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諏訪湖から今日の目的地の南アルプスも見えます。
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いつも中央道で走ると気づかない上諏訪の踏切、幹線国道には珍しいものですね。
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もひとつ踏切を渡り、
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茅野から韮崎を目指します。
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権現の森、甲州街道の金沢宿です。
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ここは高遠方面への分岐点でもあり、
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2022年8月にはこの西方の金沢峠へアプローチしましたが、金沢宿へは悪路で断念した記憶があります。
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ここも2022年に通った富士見坂峠を越えて甲州へ、
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そして山梨県との国界
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国道20号線から右、県道12号線を南アルプス市へ
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静岡身延方面へ、右へ行けば広河原、芦安。
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広河原は今日行く早川町からのバス路線も合流する北岳直下です。

ガソリン給油したらちょうど松本から100km。
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国道52号線に合流、身延方面へ
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早川、西山温泉は右へ、
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南アルプス街道に入りました。
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さすが南アルプス直下の川では砕石事業も
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早川町に入り南アルプスプラザ案内所、
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ここで情報収集、
①奈良田から広河原へのバス便=未だ未通、6月21日からの運行で今回は断念!
②新倉露頭は県道から5分くらい。
③昼食の場所=カフェ、そば屋、すし屋が各1軒ありそう。
広河原までバスで行けないことでかえってホッ!としました。
行くとなるとその往復だけで夕方になります。行けないとなれば早川町の隅々まで見ることができますから。

またパンフレットは豊富に取り揃えてありました。
そして早川町にはナンバーワンがいっぱいあることも。
日本で一番人口が少ない町(929人)
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町長の在任年数日本一(42年)
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日本(世界)で一番古い宿(創業705年、飛鳥時代)
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早川町役場
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草塩温泉、ジビエ処理場を見学するか、
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処理場には可愛い犬が二匹だけ
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誰もいません
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そして処理場の真ん前が草塩温泉、
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そのお隣にすし屋が、
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案内所で、早川町のような山間の地になぜすし屋?が新鮮な驚きでしたが、ちょうど昼時なのでここで昼食を摂ることに。
メニューには蕎麦以外に定食もありますが、
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せっかくなので寿司に、でも握りずしはボリュームが無さそうなので太巻きをオーダー、
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なかなかの味でした。

そして店のパンフレット
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には、東京は人形町ですし屋を35年間経営し、この地へ何度もボランティアで出向くうちに早川が気に入って移住してきたとか。
喉頭がん?で会話が不自由でしたが、この地の思いを語ってくれました。
案内所では町の人口が929人とありましたが、現在は900人を割り込んでいます。移住したときは1000人以上いたそうです。急激な人口減少がおきています。
また友人の消息がきになったので、早川町の早川姓を聞いたところ、この上流に早川という集落があるそうです。
最後に記念撮影にも応じてくれました。
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店を出るとジビエ処理場にも人影が、処理場は見れませんでしたがジビエの売り場を見せてくれました。
商品は冷凍の鹿肉
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そして缶詰
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明日もツーリングを続けるので冷凍肉を買うことはできませんでしたが、上流のやまめぴあという釣り堀ではジャーキーを売っているとか。
ジビエのパンフレット
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大金不動滝、
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今は水が枯れていますが、この滝の上流には武田氏の大金山金山があるそうです。
ここへの道すがら立ち寄った金沢宿と金沢峠の間にも武田氏の金鶏金山があったと記述がありました。どちらも南アルプス山塊、そして糸魚川静岡構造線上に位置していることと関係するのでしょう。

そしてここにも中央新幹線(リニア)の看板、一般車優先と書かれていますが平日ならばここもダンプ街道になっていることでしょう。
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燦燦と太陽が照る公園の東屋で休憩、きちんと整備されています。
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やまめぴあに立ち寄り、ここに鹿肉ジャーキーを売っているということでしたが、ジャーキーは犬用の餌らしいです。
隣接の早川町養魚センター、
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すし屋のおじさんに聞いた早川集落が対岸に、あの早川君の生まれ故郷か?
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そこからも林道富士見山線が伸びていますが、法面崩落のため通行止めでした。
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今日は土曜日でシ~ンとしていますが、中央新幹線南アルプストンネル山梨工区作業所
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ちなみに山梨⇒静岡⇒長野の間のリニア工区はこのようになっています。
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ここ早川から地中で南アルプスを掘り進み、静岡の大井川など水源地を通り抜けて長野の大鹿村へと貫通する巨大なトンネル。
長野の飯田周辺でも井戸が枯れたり、池の水位が下がるなどの影響が出ています。

その上流にありました、国指定天然記念物新倉の糸魚川静岡構造線、
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早川支流の内河内川にある糸魚川静岡構造線の露頭です。
県道から500m程にありました、今日の目的地のひとつです。
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西山温泉元湯蓬莱館
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その対岸にあるのが日本(世界)で一番古い宿慶雲館、
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その上に民宿えびすや、
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ここに泊まりたかったのですが、女将さんが今日は用事があるとかで実現できませんでした。

やっとたどり着いた奈良田は国道からおよそ30km、早川の広大な河川敷です。
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行けるところまで行くことに、奈良田からおよそ2km、このトンネルは頑丈なガードで塞がれています。この先18㎞が広河原ですが、この先は6月21日以降の楽しみに取っておきます。
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左へと上る林道へ行ってみます。
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でも200m程でガードが、
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奥から釣り人が降りてきて着替えをしていました。

奈良田に戻り奈良田の里温泉
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ここから櫛形山を越えて増穂町に至る県営丸山林道
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県営だから通れるかな? でもすぐに通行止め
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奈良田温泉の上にある古民家カフェ鍵屋
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ここで歴史民俗資料館と南アルプス山岳写真館(白籏史朗記念館)共通入場券600円を購入、
南アルプス山岳写真館(白籏史朗記念館)は鍵屋の上手
自分で照明のスイッチを入れて入場、もちろん私一人だけ。
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写真館は撮影ご法度、とても残念ながら素晴らしい作品群も紹介できません!
季節条件からそのアングルそして構図と申し分ない写真が並んでいます。
また建物も素晴らしい! 木立の中の斜面に建っている建物は日の差し具合も最高でした。
思わぬプレゼントも、白籏史朗賞の写真集。
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白籏史朗などが選定した第1~3回までの入選写真を掲載したものです。
その本(3800円)を自由にお持ちくださいとあります。
良い思い出ができました。

鍵屋をはさんで下手にある歴史民俗資料館、国指定文化財甲州西山の焼畑農耕用具が展示してあります。
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そこに入る前に隣にある山城屋、奈良田の民家を復元してあります。
中からはお婆さんの語りが聞こえてきます。
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ダムができる前の奈良田でしょうか?
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奈良田の風景
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早川の中学生がまとめた「奈良田の焼畑」知事賞を獲得した研究です。
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伝説に基づくジオラマ。
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歴史民俗資料館に入ります。
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ここも自分で照明を点灯。
昭和30年以前の奈良田の焼畑ビデオ
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地ごしらえの用具
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やぶ焼の用具
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奈良田を中心にした焼畑の分布
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焼畑の季節サイクルや農具のしおり
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奈良田では16年周期で焼畑を作っていて、そのサイクルが地味がやせて標高の高いここでは自然の摂理にかなった持続可能な農業を長年にわたって可能としてきました。

集落から離れた場所にある焼畑を耕作するために、一家総出で泊まり込むアラク小屋
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その内部
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橋も集落総出で架けました。丸太橋を架ける大正期の橋綱。
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などなど、ここも面白い!
これだから山深い里の資料館めぐりはやめられません。

これでUターン、宿のある高住へ、
来るときも気になった巨大構造物?
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あちらこちらにあります。
リニア残土の一時仮置き場です。
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飯田周辺でも残土処理が問題になっていますが、ここも仮置き場のままです。
この後この残土をどのように処理するのでしょう?
熱海のような豪雨や災害が起こった時はどうなるのでしょう?

宿を通り過ぎ、身延にある藤川クラフトパークでは薔薇が見頃を迎えています。
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今日の宿は俵屋旅館、修験の山七面山や身延山の参拝客用の宿です。
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部屋
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お風呂
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夕食はこれで十分、美味しくいただきました。
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今日の旅の客は私一人、それ以外にバスの添乗員とリニアのボーリング工事の人用の夕食
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そして朝食
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19日は曇り空、予報では午後から雨模様ということで、今日の予定を赤沢宿、身延山周辺に定めます。
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最初は宿の奥にある栃原砂防堰堤
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宿からは1km程、昭和8年完成の国の登録有形文化財です。
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木の間に堰堤が、
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その堰堤の上流には莫大な土石が充満しています。
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そのころから雨がポツポツ
これではずぶ濡れ、予定を全てキャンセルして松本へ舞い戻ります。
国道52号線を韮崎へ、
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韮崎で国道20号線に
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ここにもありました、甲州街道古道入り口
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そして現在の甲州街道を一目散
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幸い雨は大したことなく、諏訪からは上がり、そして昼前には帰り着きました。
雨具を乾かせて2日の旅が終わりました。
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今回の旅の軌跡はJの字
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2日間の走行距離は374kmでした。













日本周遊の旅(知多半島②)国道247,羽豆岬、日間賀島、盛田昭夫塾

5月11日も晴れ。
昨日行けなかった知多半島の突端の師崎へ国道247を、
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本当は泊まりたかった宿「〇は食堂旅館」
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同友会の友人から勧められていた旅館ですが、生憎予約段階で連休中、予約が取れませんでした。

師崎港へ
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まずはフェリーに乗って日間賀島と篠島へ、1600円。
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日間賀島へ出港、
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篠島を右に見て、
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10分ほどで日間賀島東港、
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できればこの島にも軌跡を残したい、
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周囲5,5kmの島で一周自転車で20分ということなのでレンタサイクルを借りました。1時間550円。
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大阪で乗ったアシスト付きではないですが、平坦な島なので何とかなるか?

サンライズビーチ、この島に泊まったら日の出が見られたかも。
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北地古墳群、この小さな島にも6~7世紀の古墳が14基あるそうです。
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久渕港、狭いもので島の北側に来てしまいました。
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島のおばさんたちは活発、ノーヘル?で原付をバンバン走らせています。
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デラックスなホテルも立ち並んでいます。
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八幡神社
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西港の歓迎たこのモニュメント
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この島は「多幸(たこ)の島、福(ふぐ)の島」だそうです。
たこの駐在所
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ゆっくり回ったつもりでしたが一周40分程で東港へ戻りました。

それでは篠島へ、と港へ。
ちょうど船がきましたが、その船は河和行き、ということで見送りました。
その後係の人とゆっくり話したところ、河和行の船が西港へ立ち寄り、そこに来る篠島行の船に接続すればよかったのに、ということ。
今西港へ行っても間に合わない、次の篠島行は昼頃になってしまう、
何で早く言ってくれないの!
20分後の師崎行きで戻ることに、篠島はあきらめます。
穴子漁師さんの会話を聞きながら待ちました。
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船が来て、
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日間賀島全景
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師崎の立体駐車場の建つ岬が知多半島の突端羽豆岬。
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岬には羽豆神社や展望台が
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羽豆宮鳥居をくぐって
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羽豆神社へ、
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ウバメガシのトンネルをくぐって
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ウバメガシは紀州備長炭の原料、紀伊半島とこのあたりの植生は似ているのでしょう。
そういえば伊豆の下田でもウバメガシを見かけました。黒潮の流れが温暖な気候を運んでくるようです。
展望台からは三河湾から伊勢湾が一望のもと
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羽豆崎城址
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知多半島を体験して満足!
昨日行けなかった知多東岸を河和まで国道247です。
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河和からは県道52号線を内海へ横断、
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内海からはたまた国道247を北上して常滑へ、
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野間埼灯台を経て、
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常滑市小鈴谷の盛田本家、井深大とともにソニーを創業した盛田昭夫の生家です。
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隣接する盛田昭夫塾へ、本来なら予約をしなければならないところですが、幸い見学者はいなかったので入場料800円で入れました。
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入口には眼光鋭い盛田氏のポートレート、
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注目は盛田氏のアタッシュケース
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とその脇のちらし寿司、
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盛田氏が世界を飛び回った七つ道具が入っています。また盛田夫妻は外国の要人を自邸に招いて会食を頻繁に催しました。その時活躍したのが良子夫人が作った盛田家のちらし寿司。
盛田夫妻の夫唱婦随ぶりを表すエピソードです。
また、盛田氏のスケジュール管理が凄い!
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びっしりと書き込まれたスケジュール帳です。

世界を飛び回った際の世界地図
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自邸に著名人を招いてのテーブルセット
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著名人からの感謝のサイン、
小澤征爾
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サミーディビスJr
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ユルブリンナーなど
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盛田本家の邸宅は大正建物の典型、昔の我が家と面影がかぶります。
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鈴渓資料館は盛田家に伝来した歴史資料を保存する施設、残念ながら時間が無いので入りませんでした。
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盛田家を出たのが午後1時、小腹が空いたので昼食処を物色するも適当なところがありません。
できれば味噌煮込みうどんにしたいところですが、
そしてふくらはぎが張ってきた。日間賀島で自転車を漕いだせいか? アシストの無い自転車は老齢の身には厳しいのかな?
和食めん処サガミへ、
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サガミは静岡の企業、残念ながら味噌煮込みうどんはありません。
きしめんで妥協しました、はたまた写真を撮り忘れです。

東海ICで伊勢湾岸自動車道に
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行きと同じく鞍ヶ池と阿智PAで休憩し
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家に戻ったのが18時、2日間で700kmを走りました。

2日間の軌跡は
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3月の渥美半島行きと合わせて三河湾周遊が完結しました。
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日本周遊の旅(知多半島①)国道247,吉良、黄金堤、白瀬中尉の墓

5月10日から11日にかけては全国的に晴天!
ちょうど奥さんが実家に行くというので、私も次の旅に出かけることに。

思案の挙句選んだのは知多半島、3月に渥美半島へ行き、対岸に見える知多半島への思いもありましたが、調べるうちに知多半島をぐるっと周遊する国道を発見しました。
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国道247号線、名古屋の熱田を起点に豊橋まで行っています。
豊橋は渥美半島を巡った際の起点でしたので、今回は豊橋から遡りたいと思います。
その途中には西尾市があることも判明、西尾市を調べると赤穂浪士の敵役吉良上野介の領地もあります。
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俄然興味が湧いてきました。

天気も上々なのでバイクで行こうか?とも思いましたが、長野県は広い、広すぎる。
県境を突破するだけでも100km以上を走らなければなりません。
高速道を走れない私のバイクでは県境を越えるだけで3時間以上を消費してしまいます。
迷いましたが車で行くことに、そうすると最初の休憩は阿智PA。
松本から100kmちょっとです。
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東海環状道から
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またしても鞍ヶ池PAで休憩、
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豊川ICから直進すると国道247に入れるので、
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今回の旅は国道247を辿るのが目的です。
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この先でも東名に行ける? どうやら東名と並行して走っているようです。
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ボートレース蒲郡を左に見て
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西尾市に入り吉良の里へ
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最初は吉良饗庭塩の里、
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赤穂事件の発端として、吉良の饗庭塩が、新技術を獲得して優勢な赤穂の塩に押されて苦戦し、それを恨みに思った吉良上野介が浅野内匠頭を蔑ろにしたという説があり興味津々。
もちろん吉良氏の系図があります。
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古墳時代の土器など
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そして製塩業の道具各種
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やはり西尾市としては吉良氏を一番押しています。
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ここでは塩づくり体験もできるようです。
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ちょうど昼時、館の人に聞いて美味しそうな和食店を紹介してもらいました。
ふくなが亭、昔からの料亭も兼ねている店のようです。
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日替わりランチ1000円也、
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さすが料亭、シューマイは米をまぶした和風、鶏の唐揚げも薄味でしたが揚げ方もgood
みそ汁は三河らしく八丁味噌でしたが出汁の効き方もgoodでした。

次に向かったのは吉良家の菩提寺華蔵寺、あの小高い丘の麓か、
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華蔵寺に到着、
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駐車場には吉良さんが馬に乗ってお出迎え、
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森閑とした石段を登っていきます。
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本堂左手が吉良家墓所
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これが吉良上野介義央の墓、
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吉良家は義央の孫である義周が跡を継ぎましたが、赤穂事件の後幕府から「襲撃を防げず父を討たれた」として諏訪に幽閉、事件から3年後諏訪の法華寺で亡くなりました。

しかし吉良さんは地元では大いに慕われていたようです。
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次に行ったのは黄金堤、
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吉良義央の善政の代表がこの堤、
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180mにわたって築かれたこの堤のおかげで吉良の人々は出水にも悩まされなくなったということです。

黄金堤の近くにある郷社瀬門神社、目立たないところにあって探すのに苦労しました。
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実は西尾市でここを一番の楽しみにしていました。
石の鳥居をくぐって登ると、
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東条城跡
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その先の広場にはいくつかの碑が安置されています。
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ペンギンの石像? 白瀬矗(のぶ)日本人で初めて南極を探検した隊長でした。
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「大和雪原開拓者の碑」
アムンゼンに少し遅れて南極にたどり着いた地を大和雪原と名付けました。
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白瀬中尉の略歴
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そして南極観測船「しらせ」のスクリューが置かれていました。
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探検つながりで白瀬中尉と関連して思い出したのが福島大将。
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松本の出身で、この人も単騎シベリア横断をした探検家です。
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瀬門神社には頼朝、足利義持、家康も参拝しているようです。
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もう一か所、金蓮寺、
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そこの阿弥陀堂は昭和30年に国宝になりました。
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愛知県で一番古い木造建築でもあります。
格天井の木組みなども細密、
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本尊の阿弥陀様と面と向かうと厳かな空気を感じました。
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国道247を少し行くと一色。
一色の鰻で有名ですが、私はえびせんの工場に惹かれました。
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様々なえびせんをゲット。
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この後知多を巡って知ったことですが、そこら中でえびせんに出会いました。
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国道247を半田から武豊へ
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知多半島の突端師崎へ
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と思いましたが、時間が迫っています。
折角の温泉ならば5時には入館して、ゆっくり入浴してから美味しいビールと行きたいところです。
そこで知多半島を縦断し対岸の内海へ
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こちらは雰囲気が変わってリゾート気分です。
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今日は山海館に
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部屋は豪勢にオーシャンビュー!
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泉質は塩化物泉、大鹿村の鹿塩温泉よりちょっと塩っ辛い。
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展望利点風呂はローマ風、
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その上夕食が豪勢でした。
フグ鍋にアサリの炊き込みご飯と豊富な刺身には、
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生けの車エビ
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愛知名物特大のエビフライ、
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その上エビの塩焼き、
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仲居さんのボールペンもエビフライ
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でした。

今日は知多半島の先端までは行けませんでした。
明日は先端まで、できればその先にある日間賀島まで行き、知多半島の西岸を北上して三河湾周遊を完結したいものです。







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