信州百峠

信州百峠(92)鳥打峠、平丸峠、野々海峠、深坂峠、

信州百峠も残りわずか。
7月20日に信越国境の峠を目指します、そして今夜の宿は十日町市の松之山温泉。
その前に「行きがけの駄賃」ではないですが、松代の鳥打峠と飯山の平丸峠に着目。

松代の、それも長野道沿いに峠があったことは見過ごしていました。
長野ICを降りますが、看板の向こうにあるのが鳥打峠です。
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ICを左折、その先の松代ロイヤルホテルの交差点を左折します。
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高速が見えてきました。
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高速の橋脚に沿って行けば鳥打峠。
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松代マレットゴルフ場を過ぎ、クマ出没注意を横目で見ながら、
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ガレ道を行くと、フェンスでシャットダウン
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どうもその下の枝道のようです。
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あっけなく鳥打峠、
川中島合戦の際、上杉軍が妻女山へと進軍するときに通過したそうです。
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下りになって展望が開けます。長野市街です。
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ここで一般道に接続、峠へと引き返します。
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下を見れば長野道、
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峠に折り返しますが、峠の目印は無し。
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長野道に戻り飯山へ、飯山ICを降ります。
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飯山市内を経て国道117号線を十日町方面へ、
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飯山泉の信濃平駅を目標に、
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県道411号線を
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まっすぐな道の先が峠方面。
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十字路には外様郵便局
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その先から峠路が始まります。
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小さな案内板に桂池とあります、桂池の近くに平丸峠はあるようです。
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国天然記念物(黒岩山)山林全体、そこに棲むモリアオガエルや黒サンショウウオも対象です。
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長いつづら折りが続き、ナビが示す峠がここ。
目印は何もありません。
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そして桂池、
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ここも信越トレイルの一画です。
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現在地平丸峠は信越トレイルの真ん中、この後目指す野々海峠や深坂峠は東の末端です。
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しばらく行けば信越県境、ここで折り返します。
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今一度峠を逆戻り
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飯山のみゆき野を一望
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A-coopみゆきでトイレタイム
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国道117号線に戻り、野沢温泉の道の駅で昼食、というかその間にあった飲食店はどこも休業中でした。
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私は夏野菜の冷やし中華、
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奥さんは野沢温泉カレー、湯文字のライスで出てきました。
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栄村に入り、野々海高原キャンプ場へ向かいます。
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意地悪な通り抜けできません、の看板。
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狭いが快適な峠路、180度のヘアピンカーブの連続です。
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野々海池のミズバショウ群落もあるそうです。
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ここで三叉路、左野々海峠、直進すると深坂峠。
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まずは野々海峠、枝葉が繁茂してその間隙を通っていきます。
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霧にかすむ野々海峠、ここで通行止め標識が。
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新潟県は霧の中。
ここにも信越トレイル案内。
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西の伏野峠へは急こう配を6,6km
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東の深坂峠へは2km
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三叉路に戻って、工事の方に聞きました。
「深坂峠を越えて、新潟の松之山温泉へ行きたいのだけれど」
「峠の向こう、新潟県側でゴソッと道路が陥没していていけないよ。峠まではOK」
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峠へ向かいます。深坂峠には立派な峠標識が、
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しかし、霧の中の新潟県側は無情にも通行止めでした。
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改めて峠の風景
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下りでは除雪車!に出会いました。
除雪車の夏季使用バージョン=道路に伸びた枝払い機能。除雪車左に大きなバリカンがついています。
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下りきって飯山線の平滝駅
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ここから新潟県
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津南の駅方面からも松之山へ行けそうですが
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無難な道を選びます。
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県道80号線を左折して
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松之山温泉の日帰り入浴施設
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そこの庭先で発見!
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ブラマです。にらみ合っている個体も。
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家禽の王様=世界一立派な鶏です。
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松之山温泉凌雲閣に到着。
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築85年の風格が廊下にも表れています。
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日本三大薬湯と言われる松之山温泉はナトリウム、カルシウム塩化物泉。
なめると塩辛い、聞くと塩分濃度1,7%とか。
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温泉の効能も十分です。
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夕食は老人好みのちょっと少な目。
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廊下に飾られていた昔の冬の松之山
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豪雪地帯の厳しい冬を理解します。

夜の凌雲閣にも風情があります。
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おやすみなさい。










信州百峠(91)沢渡峠、真弓峠そしてカモシカ

24日は奥さんも姉妹の会で諏訪に出かけ、私もまったくのフリー。
天気も持ちそうなので、思い切って木曽路へ。

北アルプスも雲をかぶっています。
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国道19号線で木曽町を通過した際、相撲場(木曽町民相撲場)に多くの幟が林立しています。
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そういえば出羽の海部屋が木曽で合宿しているとニュースで言っていたな。
と思い立ち寄りました。
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時刻は9時半ころ、多くの力士がぶつかりげいこをしています。
いました御嶽海!
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やはり周囲の力士とは貫禄が違います。
前頭まで陥落してしまったけど、前場所は勝ち越し、来場所も10勝以上して大関復帰を目指してもらいたいものです。

木曽町を過ぎ、三岳王滝方面へ、道の駅を過ぎ赤いアーチ橋の手前で県道256号線をはずれて左へ、
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県道473号線、
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森林鉄道の橋脚を過ぎ、
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知人である釜沼温泉大喜泉のご主人から情報収集、
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旧御嶽街道、合戸峠から続く沢渡峠について聞きました。
彼も途中までしか行ったことがない、とのこと。かえって詳しい情報が分かったら教えて?
と言われてしまいました。

大喜泉へ行く途中を右上へ、
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ここが沢渡の集落のようですが、ここの名前が峠の由来ですね。
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民家が尽きると道は細く、草も繁茂しています。
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林道沢渡線、わずかな踏み跡はありますが、心細さ満点です。
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その先500m程、倒木が道をふさぎます。
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細い木なのでどかそうとしますが、非力な私には無理!
ここからのアプローチはこれで断念。

沢渡には今まで住まわれていた何代にもわたる墓標がありました。
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私が見たところでは現在も住まわれている家は1軒限り、先ほどの県道からも1km程、木曽町までも2~3kmの場所ですが、住むには不便でつらい場所なのかもしれません。

県道256号線、王滝方面へ、
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日野百草丸を過ぎてすぐ、
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正面に牧野ダムを見る位置に御岳湖を巻く道が、そこを左、
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そこから20m程をまた左へ、
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直角に曲がる道がそうか? 登っていきます。
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ちょっとした広場に、左右に通じる道がありますが、
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地図を見ると左ですが、草生す先に道路は見当たりません。
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どうしよう? ちょっと踏み込んでみましたが、バイクでは無理。
一応両サイドからアプローチしたのでここで敗退。

今日の目的とした峠はここだけ、でも王滝まで来たのだから真弓峠も可能性を探ってみましょう。
その前に、前回気になっていた林道瀬戸川線、
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1km程で砕石場に
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その先を地図で確認すると真弓峠とは別の山塊のようです。 これも引き返します。

本来なら真弓峠に直登できるはずの鯎(うぐい)川合流点の氷ヶ瀬橋も中部森林管理局によって通行止め。
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橋の先の道路は整備され、荒れてはいないようですが恨めしい。
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ここまで来たのなら滝越まで行って、白巣峠へ行く途中から分岐する林道に期待を託してみます。
何度見ても心を洗われる滝越、左の鞍部が白巣峠方面、右の鞍部が三浦貯水池方面でしょう。
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ちょうど昼時、前回昼食を喫した水交園は休業中。
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食事ができるところは他にありません、持参のインジェリーで補給するだけで出発。

白川付知併用林道を行きます。
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一度来たところは様子もわかっているためか、熊の恐怖もあまりありません。

直進が白巣峠、そこを左へ
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水ヶ瀬小俣林道へ
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ところが100m程でシャットダウン。
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またもや中部森林管理局です。
先の道路もきちんと整備されているところを見ると行けそうです。残念!
真弓峠へのアプローチは、飛騨側から付知渓谷を入るルート、そして今回のルートと両側からアプローチしましたが全敗。
でもちょっとホッとしたことも事実です。
このまま順調に道が続いていたら峠に着くのは何時になるか?
おかげで昼食に早くありつけそうです。

帰りにもドラマが。
滝越へと下る途中で、左わきから突如灰色の物体が飛び出してきました。バイクの前を肉付きの良いお尻を振り振り走っていきます。
カモシカです! およそ30m程バイクで追いかけっこしたあげく茂みに飛び込みました。
あ~、こんなことならヘルメットにビデオを取り付けておけばよかった、とつくづく思いました。
でも熊でなくてよかった。ホッ~

私がカモシカに遭遇したのはこれで5回目?(6回目?)
最初は、浅間温泉東奥の大正山。東斜面から下ってきたカモシカに出会い、こちらの動きを止めたらあちらはジーッと私を見ながら、それでも悠々と西斜面へ登っていきました。
2度目は、同じく浅間温泉東の山田沢。私が鳥獣除けのゲートを開けた途端彼と鉢合わせ。その間隙2m、一瞬見つめあいましたが、角で突っつかれる! と恐れた私が後ずさり。そのたじろいだ隙にいなくなりました。
三度目、(四度目?)はいずれも松本のアルプス公園周囲。確か彼は足の傷を負ってびっこを引いていました。
その次が島々谷。険路の曲がり角を曲がったとたん、向こうから彼が走ってきました。私はパニックを起こし、踵を返して走り下りました。ところがその後カモシカは私を追ってこず、アレッ?と感じましたが、この時は彼の後から釣り人が帰ってきたのでそのためと感じてホッとしたものです。
そして今回は彼と駆けっこ。隆々とした彼の背中からお尻への躍動を直接観察できて大満足!


王滝トンネルは幻想的
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左へ行けば治山工事施工地、濁川保安林管理道とあります。ここも行ってみよう。
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しかし、ここも50m程で終わり。
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案内板に記されていたのは、
昭和59年9月14日に、王滝村を震源とした長野県西部大地震が発生、ここ濁川上流では高さ600mにわたって大崩落、崩落土は名古屋ドーム29杯分、それによって荒廃地が600haとなりました。
上流にあった濁川温泉の従業員をはじめ15名が犠牲になったとのことです。
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濁川、名前のごとく険相の川。
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下流側には慰霊碑が
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三岳に戻り合戸峠三岳側をのぞいてみますが、やはり躊躇してしまいました。
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いや腹がすき過ぎたためか?

1時半過ぎ、やっと昼食を摂ることができました。
そば処一竹、先日聞いたところでは木曽の車屋の分かれだそうです、期待が持てます。
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天ざる1800円也、
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そば、つゆ、天ぷらとも上出来でした。またボリュームも十分。
食べた感も味もGOOD!

浅間温泉に戻ると野球場駐車場でなにやら、明日はツールド美ヶ原ですね。
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この日の走行距離218km、行動時間は8時間でした。
松本から信州の最西端王滝村まで、同じ信州とはいっても100km以上あるんですね。















信州百峠(90)兵越峠から水窪そして秋葉神社(武田信玄最期の軌跡)

5月17日は、南信州しらびそ高原から兵越峠を経て、武田信玄が上洛を目指して最期の進軍を進めた経路をたどりたいと思います。

しらびそ高原の曙光5時12分、つばめ? 宿の軒下に巣を構えているつばめも朝食の真っ最中。
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私の朝食、南信州では川魚の一夜干しが定番のようです。
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昨日行けなかった下栗ジオパークサイトへ、開店は10時、まだ誰もいません。
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下栗の集落へ下りていくと目に付いた「下栗の里いっ福」
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お母さんが路傍に出てきてしばし会話。
まだ開店前でしたが、楽しい話で盛り上がって、
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下栗風モーニングティータイム? 梅サワーと筍ご飯を出してくれました。
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お孫さんも春の高校伊那駅伝で大活躍だそうです。
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お母さんのモットーが印象的。
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下栗の茶畑はつつましやかです。
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上町に下って、まつり伝承館天伯を見学。もちろん我々2人だけ。
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ここの目玉は遠山霜月祭、熱湯を煮立てする竈の形がユニークです。
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秋葉街道=「塩の道」であり、秋葉講の「信仰の道」であり、戦国時代の「戦いの道」でもあった。
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武田信玄は、諏訪から杖突峠、高遠を経て、遠山、青崩峠で遠州水窪に入り、浜松の家康、そして天下統一を目指した。
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いざ遠州浜松、水窪方面へと国道152号線を南下。
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走りやすい立派な道、と安心するや否や
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小嵐川沿いは三遠南信道の大工事中。だんだん道はすぼまって、

ますます隘路に、
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右青崩峠、左は兵越峠、
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青崩峠が信玄の通過した道、本来行きたい道ですが、
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兵越峠に変更、
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兵越峠(1165m)
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これが今年の国境?
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毎年信州勢と遠州勢が峠の国盗り綱引き合戦をして、勝者が1m国境を広げます。
綱引き合戦の戦場。
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その脇には青崩峠への登山道、兵越峠と青崩峠の間は4km程もありそうなので諦めます。
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静岡県境を越えて
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直進すればトンネルを経て水窪へと行けそうですが、右折して旧道を、
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旧道、連れがいい顔をしません「生唾がわいてきそう」
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ということで水窪川沿いで一服、
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水窪の街に入ります、インフォメーションセンター碧にて昼食、
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そこでゲットしました、水窪季節の郷土料理4部で400円。
とじくりという大豆、米、そば粉を混ぜた肉団子風がユニーク。
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秋葉街道街道筋を秋葉神社へ向かいます。
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右佐久間も行きたいが、
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勇壮な秋葉ダムを過ぎ、
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秋葉山へ9km
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車道の脇には群生する木が、天狗のうちわに似ていますが?
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秋葉山本宮秋葉神社
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勇壮な鳥居が迎えます。
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ほんの数百メートルですがきつそうな石段にメゲました。
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この鳥居で参拝完了、ということで秋葉山を下ります。

今一度天竜川沿いに戻って大迂回。大井川の上流、今日の宿寸又峡へ向かうはずが?
ナビが最短ルートを教えてくれました。
天竜川の支流気田川沿いのルートから国道362号線、川根茶の本場に迷い込みます。
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下栗の茶畑とはスケールが違います。
やっとのことで寸又峡の道標に出会い、
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大井川に出ました。
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さすが「越すに越されぬ大井川」その川床は南アルプスから流れ出た砂礫で覆われています。
大井川の支流寸又峡、その高度差にも肝を冷やしながら、
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寸又峡温泉に到着、
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なぜかここにも森林鉄道のトロッコ列車、
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今日の宿は寸又峡温泉翠紅苑
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今日は疲れた!
信玄の道と洒落てはみたが、峠路大好きの私でも奥静のワィンデイングロードは初体験。
同じくねくね道でも信州とは一風かわった悪路でした。
寸又峡温泉でじっくりと癒します。
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この温泉、当館の創業者望月恒一が私財をなげうって1957年に開湯。
おかげでゆったり気分に浸れました。

夕食は
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頼んだワインは何と! 塩尻の井筒ワイン。
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今朝も5時から暁を見て、疲れも加わってぐっすりと眠れました。







信州百峠(89)しらびそ峠、眼下に展開する仏像構造線

5月16日~18日にかけて、永年のお付き合いがあるS先生と、南信州から奥静への旅をしてきました。
二人の共通した興味は、秋葉街道、糸魚川静岡中央構造線、武田信玄最後の遠征の道筋。
そこに私の興味の中心である信州百峠を加えた欲張った旅です。

16日、伊那で先生と合流、飯田から天竜峡方面へ
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三遠南信道路の無料区間を上久堅から喬木村へ、
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矢筈トンネルのループ橋を通り
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矢筈トンネルを上村の程野へ
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大鹿、しらびそ方面国道152号線を行く予定だが、まずは腹ごしらえ。
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そば処村の茶屋はお休み
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お食事処喫茶かみへ
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メニューの中から
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手打ちそばと下栗コロッケのセット
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喫茶店だからいまいちかな? ところが手打ちそばの美味しいこと!
また下栗コロッケは、下栗芋の風味が生きた素朴なもの。
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店の隣に鎮座する石は、
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中郷流宮岩(なかごうながれみやのいわ)と言われ、深海底の石灰岩とチャートが繰り返し折りたたまれた典型的な地層の見本だそうです。
近くにある中央構造線とも関係する貴重なものです。

満腹になったら、次は地蔵峠にどこまで近づけるか?
しらびそ大鹿方面へ、
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国道152号線、全面通行止めですが行けるところまで地蔵峠に近づきたい。
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上村川の大島河原砂防ダムも満杯、
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大島川原河川公園を過ぎ
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道が細くなったと思ったら国道152号線はここでシャットアウト。
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その先は許可車両のみ、残念!
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先生が路傍に珍しいものを発見、
炭焼き窯? 確かに中には炭がありました。
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煙突も生えています
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しらびそ方面へ折り返し、次に向かうは中央構造線の程野露頭
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私にはよく分かりませんがここが露頭。
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料理屋? 鷹之家を横目にしらびそ峠へ
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天気も良いし快適林道
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大鹿方面への分岐、直進が大鹿村、右へ上るとしらびそ峠
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あわよくば大鹿方面から地蔵峠に接近したいと思いましたが、ここも道路崩落で通行止め。
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西方の山並みの向こうは御岳山か、
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この先も上りと思ったら、
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そこがしらびそ峠(1833m)でした。
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東には大沢岳や聖岳、南アルプスの展望
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脇の林道にも目が行きます。
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案内板に興味ある記載が
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南アルプスとの間の巨大な谷を仏像構造線が走っている!
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ここは中央構造線と仏像構造線の真ん中、
後日、家にあった「遠山郷の魅力」を見てみると
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分かりやすい図を発見、
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仏像構造線を境にして、しらびそ高原のある山並みは、およそ2億年前の古い地層(秩父帯)。それに対して南アルプスは9千万年~6千万年前の地層(四万十帯)で成り立っている。
仏像構造線の名前の由来は、高知県土佐市の仏像という地名からつけられたとか。
仏像構造線も中央構造線も交わったり併進しながら高知まで伸びていることを示しています。
先日行った北沢峠から、ここを通って高知まで。
再来週には高知にも行くのでその先端を見てみたい!

峠の先の山頂には、今日の宿ハイランドしらびそ天の川が、
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まだ時間があるので、今日最後の目的地、天空の里下栗へ、

御池山隕石クレーター、
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2~3万年前、直径45m程の隕石がここに落下し、直径900mのクレーターができました。
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クレーターの縁
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下栗へ下りますが、車のブレーキが甘い? 焦げ臭も、水をかけると一瞬で蒸発。
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ということでしばしの休みを取って下ります。

下栗天空の里ビューポイント入口
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細くて暗い針葉樹の径を800m。薄ら怖い!
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この時のために準備した熊鈴で心が落ち着きます。
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ビューポイント定員40名に2人だけ。
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私2度目の天空の里(日本のマチュピチュ)下栗の里。
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上り返したハイランドしらびそ、その広大な庭には森林鉄道が、
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これも家に帰っての復習で分かったこと、
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「遠山、森林鉄道と山で働いた人々の記録」には、遠山谷の森林鉄道が、先ほどのしらびそ峠直下まで伸びていたこと。
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細い実線が森林鉄道、峠にあった荒れた林道もその名残なのか?

今日の宿は、しらびそ峠よりも高い1918m。
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そこの丘にも展望台、南アルプスの絶景。
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誰もいないお風呂から南アルプスの絶景は見えません。
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理由は、夜になって星を見るのに光が邪魔をするから。

夕食は思いのほか豪華! アマゴの焼びたしが美味しかった。
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夕食時が日暮れ(サンセット)18時50分頃でした。
2023-05-16 18.35.06

御岳山に陽が沈む、そしてい一番星が燈り、今日が暮れました。
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信州百峠(88)幻?の北澤峠、そして埋もれた長谷村の過去

私の信州百峠は、自分の運転(車やバイク)で到達すること(交通機関や自分の足ではない)を旨?としていますが、唯一の例外として南アルプスを貫く南アルプス林道の北沢峠があります。
この林道は一般車両は通行不可、伊那市の運営するバスでしか行けません。

なぜか? この林道は以前南アルプススーパー林道と言われました。
高度経済成長期、この林道やビーナスライン、上高地への車の乗り入れは、自然保護の高まりの中、強固な反対運動にさらされました。
運行開始はしたものの、反対運動や相次ぐ土砂崩落もあり、妥協点としてここでは指定交通機関しか乗り入れられないことになりましたが、今となっては喜ばしいことです。

このバスの運行開始を待って、ゴールデンウイークの中、5月3~4日にかけていくことにしました。
がッ! 重要なことを見過ごしてバスの始発点にある仙流荘を予約してしまいました。
伊那市長谷の仙流荘
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確かにバスの運行は開始していましたが、北沢峠までの運行は6月15日から。それまでは6,5km手前の歌宿までという記載を見過ごしていました。
気づいたのが出発前日、今更キャンセルはできまいということで決行しました。

南アルプス林道見どころ
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仙流荘バス営業所
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営業所で情報収集。
歌宿から北沢峠までは6,5kmの坂道を登っていかねばなりません、片道2時間はかかります。
12時10分発のバスで歌宿着が13時05分、16時15分歌宿発の最終バスには間に合いません。

営業所の方にも相談した結果、
①歌宿の先にある鋸岳の名所鹿窓が遠望できるところまで登る
②仏像構造線の唐沢露頭へ下る
③今が見頃のシナノコザクラを探す
④幕岩、白岩を見る          
以上の目的を決めてバスに乗りました。①以外は下りなので私の体力でも大丈夫。

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鷹岩トンネルを過ぎ、
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戸台川を渡り
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右手には仙丈ケ岳を望んで、バスはどんどん高度を上げていきます。
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その先には道路の崩落地
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ここの工事のため、連休明けの8日~26日までバスは運休です。

歌宿につきました。
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バス停
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ここから約1,5km、鹿窓を発見するために登ります。
左手にはいかにも険阻な鋸岳が迫ってきます。
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崩落が手に取るようにわかる中ノ川乗越、乗越といえば峠も同義ですが、こんな峠には行きたくない。
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正面には甲斐駒ヶ岳が近づいてきます。登りもここまではそう気になりませんでした。
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それでも重装備の登山者はふうふう言いながら登ってきました。
鹿窓案内
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中央の三角錐右下に鹿窓が見えますか? 私の裸眼では無理でした。
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案内にはこう記されていました。
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ここからは下り一辺倒。風景を見ながら、春の高原の空気を満喫しながらぶらぶらいきます。
土砂で満杯になった砂防ダム
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深くえぐられた戸台川を右に見て、
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小百合沢の延命水
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そしていよいよ仏像構造線唐沢露頭に近づきます。
露頭手前の洞門の屋根にはうず高く土砂が積もっています。
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洞門内部
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洞門の下手から見上げると
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凄まじい景観です! 洞門上部は露頭の東側、砂や泥の脆い岩盤で崩落。
左が東、右が西側、東の脆い岩盤と、西の頑丈な石灰岩の岩盤の比較が分かります。
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案内板には、この構造線が山梨側まで連続しているとあります。
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ここには糸魚川静岡構造線が走っていますが、この断層も大きな造山活動の一環でしょう。
今でも南アルプスは年間4mm高くなっています。

そしてありました、シナノコザクラ。アルカリ性の岩盤に咲く可憐な花です。
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幕岩と
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反対側、林道の上にそそり立つ白岩
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その案内板、400m以上の深さに切れ込んだ谷を隔ててはいるものの、本来は連続していた岩盤だったことが分かります。
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白岩で15時15分歌宿発のバスが下ってきました。
このバスは北澤峠⇒戸台大橋間はどこでも乗車、下車ができるということで、ここで拾ってもらい帰路につきました。
この日歩いた地図
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登りと下りを合わせて7~8km程でしょうか。結構疲れましたが、普通ならバスの車窓から流れる風景として見るだけの場所をじっくり観察できて、思いがけない散策に満足でした。

そして宿泊した仙流荘では、思いがけない旧長谷村の埋もれた歴史を垣間見れる本をゲット。
「藍深き湖に映え(美和ダム完成40周年記念写真集)」
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思わず手に取りましたが定価が書いてない、しかし2冊並んでいます。
売ってくれない? と交渉。旅館の人も戸惑っていましたが、最初1000円から交渉、写真集だから3000円位はするでしょう、とは言われましたが、2000円で交渉成立しました。

上の写真は現在(実際には平12年)の美和ダム,
そして美和ダムが作られる前、昭和30年頃の水に沈む前のダムから上流、溝口上河原から黒河内平集落周辺の景観。
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地図を参照しても今では美和ダムの底に沈んでしまった田畑と生活がありました。
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今日現在の黒河内平集落付近は、その後の膨大な土砂によって完全に埋もれてしまいました。
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美和ダム建設は、暴れ三峰川、暴れ天竜を治めるための国策事業でしたが、自然の猛威は仙丈ケ岳や甲斐駒ヶ岳、鋸岳西面の膨大な土砂流失によって再び埋もれてしまったのです。
自然の前では人知を尽くした巨大ダムも、あっけなく埋もれてしまうのですね。
三峰川、戸台川合流点の今日。
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4日は鹿嶺高原に上り、
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伊那谷の景観を満喫
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鹿嶺高原地図
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高遠の「ますや」で1j時間半並んで、高遠そばと五平餅、そしておたぐりを満喫して帰路につきました。
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