街道を往く

信州百峠(葛葉峠、地蔵峠、佐野坂峠、和知場峠、青具峠)

9月21日も天気はまずまず。
昨日ガス欠の心配があって行けなかった葛葉峠へ向かいます。
新潟県境の國界橋へ、
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そこには慰霊碑が
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平成7年7月、土石流によって周辺の集落が孤立、この国界橋も損傷しました。
その復旧工事をしていた最中の平成8年12月に、冬には信じられないような土石流が起き、14名の尊い命が奪われた時の慰霊碑です。
そして葛葉峠ができたメカニズムがこれ
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姫川の対岸に聳える真那板山が1000年前と500年前に地震で崩落し、姫川を埋め尽くし対岸に作ったのが葛葉峠です。

橋を過ぎ、大所トンネルの手前を左へ上ると峠のようです。
I<br>
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快適な登りです。それもそのはず、旧国道148号線です。
ここからは新潟県
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このスノーシェードやトンネルの連続に思い出しました。
昔、糸魚川へ行くのに何度も通った道です。
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葛葉峠に到着
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ここにある旧ドライブインは工事の現場事務所になっているようです。
真那坂山崩落や平成7~8年の土石流の記録が残っています
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南信の青崩峠の周辺と同じく、糸魚川静岡構造線上にあるこの地も、脆い地盤の上にある土地、こんな苦労が付いて回るのでしょう。

坂を新潟側へ下ると
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昔見たことのある大仏が
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現在の大規模トンネルができる前は、糸魚川へ行くときに目にする象徴でした。

国道を折り返し、新小谷橋を渡ってから左折、大糸線の下をくぐって右へ、
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地図上で発見した新目的峠=地蔵峠へ行きます。
県内に何か所もある地蔵峠、私が行った中にも木曾、松本市四賀、そしてここと3か所あります。
案内板の深原の下に(地蔵峠)と小さく表記してあります。
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深原に着いて、偶然お会いした人に道を聞くと「自分はこの頃行ってみないから道路の状態は分からないけど、熊やイノシシが出るから気を付けて」
かなりビビります。

林道深原線に入ります。
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舗装はしてあるけど鉄板を敷き詰めた道から
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細いほうの左側へ
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濁沢を渡り
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こんな道に、熊が出そう⁉
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追分、右へ3,3kmで峠
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そしてこんな道
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ここも塩の道、千国街道
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番小屋跡、峠口まで1,1km もう少しです。
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白井沢を渡る。
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峠口に着きました、ここから峠まで1,3km、こんな感じで行けるかな?
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その曲がり角を少し行くと錆びた鎖が張ってありました。
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残念!これ以上行けません。
熊に合わなくてよかった、という気持ちもありましたが、長いトレイルでしたがここで引き返します。
葛葉峠、地蔵峠


次の目標は青木湖周辺です。
白馬に向かって引き返し、昼食をどうする?
観光客がかなり入っています。コンビニのトイレににも10人以上の長い行列、今日も青空のもとで弁当を食べるか⁉
白馬のデリシアで、久しぶりのスーパー弁当を購入、
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信州産キノコのご飯弁当380円、昨日と同じ白馬グリーンスポーツの森で食しました。
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佐野坂から青木湖に抜けるトンネルの手前を右へ、
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そこにもちょっと古いトンネル、その手前に左へ入る道が、
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入ってみます、草ぼうぼう、旧道の雰囲気、
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あっけなく元の国道へ出てしまいました。
古いトンネルを抜けるとすぐに青木湖の湖面が出迎えます、
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一応峠の近くを掠めたはず、制覇は次に持ち越しです。

青木湖の南まで下って左へ、
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直進すれば和知場峠のはずです。
やっぱり道が狭くなります、峠の雰囲気
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眼下には青木湖、雲が無ければ鹿島槍ヶ岳が一望のもとに見えるはず。
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峠には簗場スキー場のリフトが、和知場峠到着。
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佐野坂峠、和知場峠


青具方面へ下ります、登りより長い下り道
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県道33号線に出ました、そこを北、左へ行きます。
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美麻トンネル
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この山の上に峠あり。
引き返した橋の下に旧道を発見、
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下って橋の下をくぐります。
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現在も使われている道です、
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小さく峠の看板、青具峠着、
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バス停の名前も「峠」
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北へ下ると県道と合流、
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低い峠でした、後で調べたところ合流地点が786m、峠の標高が842m、比高56mの峠でした。
青具峠


今日の目標は一応完了、県道を引き返し、県道31号線を大町方面へ行こうと思います。
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その角には古い民家が、
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旧中村家住宅、県内で現存する建築年代が明らかな住宅としては最古です。
建てたのは元禄11年(1698)、青具峠村の名主を13代にわたって務めた名家です。

大町方面へ、新行を目指します、
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新行の種山商店
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以前、大町で開催されたジビエの講習会でイノシシを提供してくれたお店です。
その角を左折、県道353号線、今の道と並行して青具方面へ抜けていきます。
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ポカポカランド美麻の角に出て
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道の駅小川
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や中条を経て、白馬長野有料道路に自然に入ってしまいます。
125cc以下は料金20円、
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国道19号線に交わり
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一路松本へ帰りました。


この日の走行距離は188km、所要時間は7時間でした。









信州百峠(乙見山峠、湯峠)

9月20日、日曜日でこれから連休。
朝6時からの女鳥羽川清掃に出仕して、一休み、10時に出発。
今日と明日は大町以北の峠を目指します。泊まりは佐野坂の予定。

松本駅前の丸善にて不足の2万5千分の一地図を購入後、県道51号線を池田から大町方面へ、
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そして大町から白馬、小谷方面へ国道148号線を
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白馬に着いたのは昼時、思いのほか観光客が多いので飲食店は密かな? と思いコンビニおにぎりを購入。
白馬グリーンスポーツの森にて昼食。
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空いていたバーベキューサイトで昼寝もできました。

小谷を過ぎて県境真近、中土トンネルと平倉トンネルの狭間を右折して小谷温泉方面へ、
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ループ僑の向こうには小谷温泉山田旅館、
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小谷の名湯で一風呂、という誘惑もありましたが、今日の目的は峠、スルーします。

雨飾荘手前を右へ行くと乙見山峠、
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妙高小谷線起点の標識
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日本でも有数の豪雪地帯、春も遅くまで通行止め、土砂崩落などで夏季でも通行できない年もありますが、今回はOKでした。初っ端は快適に見える道。
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夏の豪雨で土砂に晒されたのか、砂の残った橋を渡り
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乙見山峠3,9kmの標識
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5~6年前に走った際は、殆どがダートで、大きな石がゴロゴロ、タイヤがパンクしないか?とこわごわ通った思いがありましたが、その後快適に舗装されたのか?
しかし、甘くはなかった! ダートに突入。
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ちょっと深山幽谷の趣、これでこそ乙見山峠、せいぜい時速20km、傾斜も急になりました。
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ダート部分は約2km。乙見隧道に到着。ここが乙見山峠です。
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ここが長野県と新潟県の県境、朽ち果てた長野県の標識が、
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登りのダートで荷台にくくったかごが脱落、ありあわせのゴムバンドなどで応急修理となりました。
ダートの激しさが分かります。

約200mのトンネルを抜けると妙高側
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妙高の山々
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峠にいる間に車が2台通過、この峠にしては通行量が多い日です。
車載のトリップメーターによると雨飾荘から峠まで8,3kmそのうち2kmがダートでした。

ここから妙高側へ降りれば峠制覇ですが、妙高の麓までの道のりが長い! ということで引き返します。
雨飾山も姿を現しました。
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雨飾荘から別ルートを湯峠方面へ
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この先が鎌池、湯峠方面
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鎌池に立ち寄って
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鬱蒼としたブナ樹林を潜り抜け
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鎌池、如何にも熊が好みそう、
象徴的なブナの木
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鎌池からさらに奥へ、通行止はどこからか?
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残念ながら500m程でシャットアウト。
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地図上では1km程で湯峠に行けるらしい。

帰りに見つけた石碑
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明才堰の記念碑、
峻険な地形と豪雪地帯であるこの中谷川一帯から北小谷三か村に向けて灌漑用水路を開設、80haを灌漑したが、雪害や崩落で人手もかかり、昭和60年代に閉鎖された堰ということ。
明治の明と、主唱者の横川才蔵の才をとって明才堰と名付けたらしい。

この後糸魚川との県境にある葛葉峠を目指しましたがガソリン切れ、日曜日ということで小谷村のスタンドは全て閉店、白馬でやっと給油して佐野坂へ
今日の宿「ユースビラ白馬とおみ」にたどり着きました。
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今日の走行距離は159km 所要時間は6時間30分でした。

乙見山峠、湯峠

乙見山峠はこの地図のもっと右側、しかし険しい知見が分かります。











信州百峠(梨子野峠、恋路(小路)峠、根の上峠)木曽の桟

9月12日です。
今日は松本へ帰りますが、昨日妻籠ツアーに行った奥さんから「木曾の恋路峠に行ってきた」と聞いて、恋路峠?それはもしかしたら小路峠では? と思い、宿の女将さんに木曽の案内をいただいたところ、恋路=小路と判明、また案内図上には根の上峠の記載も。ということで南木曽から木曽を抜けて帰ることに。

国道256号線を南木曽方面へ、そこで昨日から気になっていたのが梨子野峠、清内路の集落から入れそうです。
国道架橋の下を潜り抜け
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こんな道を行くと
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ありました。清内路関所⁉
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この峠は1500年ごろにはできていたらしいです。下伊那と木曽路を結ぶ街道として様々な人が往来していた。織田信長麾下の森長可や、サツマイモでおなじみの青木昆陽、幕末には武田耕雲斎などの水戸浪士もこの道を抜けたといいます。

清内路街道の急坂を上ります。
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車の幅ギリギリ、日が差さない道は落ち葉が堆積し不気味に湿っています。
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こんな道では戻るに戻れません。ヘアピンカーブがあり、そこはやっとのことでUターンできそう。

そこには沢が、
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アンコ沢、サンショウウオが生息しているそうです。
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これから先は車では怖い! 次回はバイクで峠を上ろうと思います。
完登できませんでしたが、梨子野峠の標高は1172mです。
梨子野峠

ちなみに、これから読もうと思っていた本。
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「義烈千秋天狗党西へ」の中に、
梨子野峠や清内路峠が記載されていました。
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武田耕雲斎等の天狗党の面々の思いを抱いて、今度は梨子野峠を完登したいものです。


昨日上れた清内路峠、今日はゲートが閉まっています。
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工事車両が入っていたので行けたのでしょう。国道旧道であっても管理が厳しいですね。

南木曽で国道19号線に出て十二兼の柿其橋から恋路峠を目指します。
柿其渓谷
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こんなつり橋があり
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こんな渓谷、
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つり橋の先を登れば恋路峠らしいのですが、車道がありました。
いつでも旅は楽なほうがいい、のポリシーで行きます。
恋路峠にはあっけなく着きました。
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この峠、本来は小路峠、艶っぽい名前が良い?と恋路峠に改名か?

大桑村から見た恋路峠、南木曽町と大桑村の境をなす峠です。
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中央アルプスの眺望が効きます。
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この峠、柿其渓谷と阿寺渓谷の間にある峠。
今日の新聞で、阿寺渓谷で水遊びをしていた2人が溺れて亡くなったそうです。
このところの雨で水量が増したことと、元々高地から流れてくる水は冷たくて、夏であっても心臓に悪いようです。
恋路(小路)峠の標高は822m
恋路峠


次に向かうのは根の上峠、野尻宿と三留野宿を結ぶ峠です。
国道沿いのデイリーストア脇から上ります。
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のぞきど森林公園方面へ
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中山道が林道の随所を横切っています。
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のぞきど森林公園と分岐して右が歴史の道
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中山道も地図上では平坦でも、実際は難儀な山道。
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やっと根の上峠。
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ここも林道を中山道が横切っています。

与川の三差路を右へ、
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ここにも中山道、昔の旅人の困難さが分かります。
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根の上峠は奥深い、現在の国道はほぼ平坦、それに比べて旧道のアップダウンの激しいこと。
根の上峠の標高は840m。JR木曾野尻駅の標高が522mですから300m以上の標高差です。
根の上峠


上松で昼食、一路松本の前に、未だ見てない木曽の桟(かけはし)を、
上松⇔木曽福島は現代的なハイウエーになっていますが、下って昔の国道へ、
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ここが木曽の桟
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旧国道の足元に、慶安年間(1650年ころ)からの石積が残っています。
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ということで2泊3日の下伊那、木曽路の旅でした。
今日の走行距離は118km、約6時間の所要時間でした。












信州百峠(神坂峠、横川峠、清内路峠、馬籠峠、大平(木曾)峠、飯田峠)

9月11日、一緒に行った奥さんは妻籠宿へのツアーに出かけたので、今日は晴れて一人で峠探訪。
天気もよさそう、国道256号線を途中で県道89号線、園原方面へ
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対岸の山麓に動くものが、
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中央道が間近に走っています。
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園原インター、ここから入れるのは名古屋方面のみ、松本方面へはいけません。
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インターを過ぎると信濃坂の石碑
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ここは後回しにして直進。
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恵那山方面、神坂峠へ行けるのか?
宿の女将さんは、長野県側は途中で通行止め、という情報でした。
岐阜県側からなら神坂峠まで行けそうですが、とりあえず行けるところまで。
神坂峠


途中の月川温泉を過ぎると道幅が狭まって
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やっぱりダメそうですが
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こんな道を行くと
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やっぱり、土砂の流れた跡がある先には通行止めのゲート
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ここで神坂峠はあきらめます。

月川温泉の入り口にあった記念碑
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恵那山トンネルを掘った際に出た土捨場となった所のようです。
現在、同じ南信の大鹿村あたりではリニア新幹線のトンネル工事での土捨の件が問題になっています。
昭和60年に完成した恵那山トンネルの工事でも、地元との間で様々な問題があったのでしょう。

その先には月川温泉「野熊の庄」
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先ほどの信濃坂を上っていきます、この道が古代東山道のようです。
清々しい秋の空。
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神坂峠へは行けないとわかっていたので月見堂でUターン
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園原インターの手前を左折すると、県道109号線の起点ここからが横川峠のようです。
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宿の女将さんが言っていたように、かなりしびれる道のようです。
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車窓からは崩落地も見えます。
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横川峠


路のカーブの先に案内が、清内路は右、横川集落は左へ、横川へ行ってみます。
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5~6軒の集落のようです。
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神社や
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古民家横川渓谷美術館、とあります。
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残念ながら施錠してあり、ガラス戸から中をのぞくと
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絵葉書でしょうか? 

元に戻って、清内路方面へ、峠に着きました。
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1107mでしょうか⁉
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峠を降りると上清内路、県道109号線の終点、短い県道ですね約6kmの道程でした。
しかし横川集落の人々にとってはライフラインを確保する唯一の道だったことが分かります。
ここで国道256号線に合流します。
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国道を南木曽方面へ快適な道を進むと3km程で清内路トンネル
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この山上に清内路峠があるはず。
清内路峠


手前の架橋の直前に右へ行く道を発見、
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この道のようです。 鉄塔建設の作業をする人たちが工事中のところを過ぎていくと、
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トンネル?
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驚きです!
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国道256号線、清内路峠、標高1192m。
下のトンネルも国道256号線、ここも同じく。国道が二重に走っているのですか⁉

トンネルというよりスノーシェードのような向こう側は通行止め、南木曽方面に行けません。
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木々も生い茂っています。

改めて清内路トンネルを抜けて、南木曽側、
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やはり通行止めのゲートがありました。
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南木曽方面へ、次は馬籠峠、そのあと上り返して大平峠方面へ行く予定です。
南木曽伝統工芸の森
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木地師の里
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南木曽手前に「大妻籠、中山道」の道標発見。
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橋を渡ると、大妻籠から馬籠峠、馬籠への道。
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中山道の案内や
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道標が
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旧中山道が道を横切っています
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このアスファルト舗装の下には旧道が保存されているとか
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そして馬籠峠、
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標高790m、清内路峠に比べると400mも低い。
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峠の馬籠方面
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馬籠峠


峠から馬籠は2km程、
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観光気分にはならないので、早々に登り返します。

気になっていた水車他
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ここには集落があり、江戸時代には「尾州岡船」と言われる牛方を稼業にしていた、また明治37年に水害で流されたと記してあります。
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尾州岡船は、私が中信の奈川地方を調べた際にも出てきた言葉、牛を連ねて美濃から信州、そして上州までの広範囲で運送を担っていました。
なぜ「尾州」なのか?
江戸時代、木曽は尾州(尾張)領でした。尾張藩の鑑札を持った運搬業の牛追いが尾州岡船、海や川の船ではなく、岡(地上)を行く船になぞらえた言葉だそうです。
松本市奈川(旧奈川村)では山地に放牧場を設けて運搬用の牛を供給していました。

もう一つ、石碑の傍らにあった「長野縣」の境界標識。
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馬籠峠が長野県と岐阜県の境界になっていることは先ほど走ったので分かっています。
念のために地図を確かめても同じこと。
明らかに岐阜県側にあるこの標識、なぜ長野縣?
推理を働かせます。
馬籠を含む長野県旧山口村は、現在は岐阜県中津川市。
それが2005年2月13日に岐阜県に帰属したのです。
それ以前からあった長野縣の標識が、見過ごされたのか?現在も残っているのか⁉
面白いことですね!

ちょうど昼飯時、
先ほどの水車のところにあった案内の一文が面白い
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名物栗こわめし、とありました。
十返舎一九が1819年に木曽路を旅して「岐蘇街道膝栗毛」の馬籠宿の下りで詠んだ狂歌に
「渋皮の むけし女は見えねども 栗のこはめし ここの名物」とあるそうです。

それでは栗のおこわを食べよう!
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「栗こわめし 樹梨」で昼食、
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ざるそば定食1300円也
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甘くない栗おこわと信州そば、そして盛りだくさんなお惣菜。
変わっているのはそばつゆに梅干しを入れるところ。
美味しくて完食しました。
入店中に雨が降りましたが、食事が出てくるのに間があったこともあり、出るときはお湿りのある爽快な気分。

国道256号線を上り返し、県道8号線、大平高原方面へ左折、
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こんな道を上っていきます。
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大平峠県民の森
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大平峠も間近です。
ここからの眺望、右手にもう少し上ると峠に行けそうです。
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トンネル出現! 木曾峠と書いてあります。  間違いなし、大平峠です。標高は1358m、今日では一番高いところを走っている峠です。
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路傍には大平街道の碑
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大平峠


ここから大平の集落まではわずかな勾配の下り道、
茶屋跡の民家や
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さかえや
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を過ぎると、大平です。
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いろりの里、大平宿
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現在保存されている民家の配置
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こんな家並みが続いています。
この集落は、現状で保存されるだけでなく、実際に泊まったり、いろりで火を起こして炊飯をしたりもできます。
申し込みは「南信州観光公社」まで。
一軒ごとの由来を説明してあります。
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大平宿からまた上りとなり、2km程で飯田峠
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標高1235m、大平峠にはかないません。
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ここからは一路飯田へ下るのみ。
沢などの地名が克明に表記してあります。
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また馬頭観音も随所に祀られていますが、
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この街道が険しい旅路だったことを伺わせます。

飯田市街へ出るちょっと前で、
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名水猿庫の泉を発見、
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ちょうどペットボトルが空になったので、甘くておいしい名水を補給して昼神温泉に帰りました。

走行距離は118km、所要時間6時間。
山道ばかりで疲れましたが、待望の大平峠をはじめ六ケ所の峠と出会い、充実の一日でした。


























伊那谷の奥へ

伊那谷へは何度か訪れましたが、まだ未訪の地が阿智から南木曽にかけて。
特に大平峠は是非行きたいところです。

9月10日、あいにくの雨模様でしたが飯田へ、
大平高原への道標
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雨の中を峠へ行くのももったいない、また今日と明日の宿は昼神温泉に予約しているので飯田から阿智へ。
途中で満蒙開拓平和記念館に寄って昼神へ、

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二泊する「万葉茶寮みさか」

雨も上がったので付近を探索、
昼神から国道256号線を少し上ると園原インターへ行く道に遭遇、
インターそばの案内板に
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秘境横川郷という文字があります。
後で調べたところ園原から清内路へ抜ける横川峠を発見しました。

宿のご主人の蔵書、民俗学や歴史
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司馬遼太郎の全集も網羅
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宿の横から阿智神社の参道が伸びています。どうやら阿智神社の管理もされているようです。
御朱印をもらう旅人も訪れていました。

夕食は女将さんの手作り、
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大変美味しくいただきました。

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