4月19日、今日が旅行の最終日。
壱岐の中部と北部を周って、フェリーで博多へ、そして新幹線と特急しなのを乗り継いで帰ります。

壱岐島荘に展示してあった壱州鬼凧。
その由来は、鬼ヶ島であった壱岐から鬼を追い払った伝説。
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これが鬼凧。
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まずは古墳巡り。
壱岐には長崎県の古墳423か所の実に60%、256か所の古墳があるそうです。
長崎県最大の前方後円墳、双六古墳。思わずホーッとため息が出るたおやかさ。
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百合畑古墳群、この周りだけで6基の古墳があるそうです。
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掛木古墳は
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内部の玄室にも入れます。
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壱岐最北端の勝本城址へ、城山を上ると、
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目に飛び込んだのは御柱!?
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何と諏訪市から壱岐への贈り物。
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諏訪で生まれた松尾芭蕉の弟子河合曽良が壱岐で客死したとは知らなかった。

勝本城の大手門、
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秀吉の大石垣、
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文禄・慶長の役で秀吉の命をうけ建設された勝本城。
松浦、大村など九州大名によって1591年にわずか4か月で完成した城。
朝鮮出兵の兵站基地として使われた。
城址からの壱岐北端。
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新城神社
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文永の役で元軍に攻め込まれ、守護代の平景隆はこの神社の場所にあった樋詰城で自害した。
すぐ近くには文永の役の千人塚。
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芦辺港周辺も元寇の主戦場。
少弐公園にはそれらの遺物も。
碇石、海底から引き揚げられた中世日本の大型外洋船のもの。
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煙台。
中世の情報伝達には狼煙が使われた。元軍襲来の一報は対馬から壱岐へ、そして博多大宰府へと伝えられたのです。
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壱岐神社
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会いたかった! 少弐資時の墓。
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講演の空には壱州鬼凧が! イベントがあるようです。
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芦辺港でやっと見つけた少弐資時像、
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本を読んで少弐氏を知り、旅行の最後で少弐資時に送ってもらえた旅でした。

フェリーちくしは船首が開いて車の積み込みができる。
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博多へ戻る船の上がちょうど昼時、久しぶりにカップヌードルで腹を満たします。
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壱岐の行程は
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帰路は昼間なので島々が見えます。
玄海島
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漢委奴国王の金印でお馴染みの志賀島
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能古島
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埠頭に着岸、その際の渦巻きは
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サイドスラスタの効果でしょう。
大きい船を着岸させるには微妙な操作が必要ですが、この装置を使うことで横方向への細かい操作が可能になるのでしょう。
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ちなみに夕食は特急しなのの車内で折尾名物東筑軒のかしわめし。
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旅最後の美味しい駅弁でした。
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3泊5日の全旅程は
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でした。