3月10日から二泊三日。今回のテーマは二つの退路つまり逃げ口をたどる旅です。

①島津の退き口
 関ケ原の戦いで西軍に属した島津義弘が、敗戦が決定的になった戦場から正面の東軍総大将徳川家康本陣を突破し、伊勢街道から堺、大阪を目指し、瀬戸内から薩摩への逃避行の道。(そのうち伊勢から泉州まで)
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②神君伊賀越え
 本能寺で織田信長が明智に討たれた際、徳川家康は腹心少数と堺にいましたが、その一報を聞いて紀伊半島を横断。伊賀を越え、伊勢に出て海路三河までの逃避行の道。(そのうち泉州から伊勢まで)
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歴史的にも有名な二つの逃避行がほぼ同じ紀伊半島横断(目指す方向は真逆ですが)という判断を下した場所を見分することにワクワクして、10日の朝は6時前に出発。
松本は雪も舞っていましたが、
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神坂SAで小休止の上、
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関ケ原には8時50分着、この間走行距離は250km。ほぼ東京へ行くのと同じ距離です。
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左⇒関ケ原(古戦場)右⇒(四日市ということは島津が逃走した伊勢街道)

関ケ原駅前の観光交流館で情報収集と思いましたが残念ながら休業。
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でも町内には案内がいたるところにあるのでまずは開戦地へ。
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関ケ原古戦場を俯瞰した写真。
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開戦地の直近に島津の陣、左の笹尾山には石田三成陣、右奥の桃配山に徳川家康陣。
そして右から左へと北國街道が走っています。
ここからも石田三成陣の旗指物が遠望できます。
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開戦地の西には小西行長陣。
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そこから500mほどの林の中に島津義弘の陣がありました。
小池神明神社があります。
島津は会戦中ほとんどこの地点にとどまっていたので、ここが今回のスタート地点です。
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石田三成陣へ、重臣島左近と並んで布陣しています。
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戦いの帰趨が決まった決戦地、写真の奥500mほどには石田三成陣が見えます。
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ここで何と中日新聞の記者からインタビュー!
これから暖かくなる観光シーズンに向けて、決戦地の幟を新しく掲げなおしたところとか。
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当地を訪れた動機など聞かれました。もちろん得々と目的を語りましたが、掲載紙面を見れないのが残念。

家康本陣の桃配山は決戦地から2kmほどのガソリンスタンド脇です。
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会戦地を家康の気分で俯瞰します。
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開戦時の布陣、島津義弘は北國街道から井伊直政、松平忠吉や本多忠勝の陣を突破して伊勢街道へ逃走したことが分かります。
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逃走時に討ち死にした島津豊久が討たれたといわれる烏頭坂。
ここには島津、現在では鹿児島県との友好のベンチがあります。
〇に十字が島津の家紋と言われていますが、元々は十字だけだったようです。
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私も一路国道365号線伊勢街道へ、
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島津豊久の墓がありました。
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朝が早かったので腹がすきます、CAFEあめんぼで早めの昼食。
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自家製のシチリアーナ風里山ピザ、鮎のアヒージョが乗っていて美味しかった。
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デザートも甘いピザ。
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国道306号線、彦根、多賀方面へ。
一説ではこのルートで駒野峠や五僧峠を越えて琵琶湖畔へ出たという説もあります。
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ところが冬季閉鎖中、
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もとの国道365号線へ戻ると国道306号線と合体、津、亀山方面へ。
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そして国道1号線に入り大津、甲賀へ、ということは旧東海道か。
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東海道47番目の関宿、道の駅関宿へ。
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東北支援「希望の缶詰」昔懐かしい鯨の缶詰を買いました。
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ここからが鈴鹿越え、鈴鹿峠にナビをセットして置いたら違う鈴鹿峠へ来てしまいました。
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鈴鹿トンネルを抜けて
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滋賀県の甲賀市へ、
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道の駅あいの土山は休業。
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東海道49番目の土山宿、
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案内板に森白泉終焉の地、森鴎外の祖父で医者だった人が亡くなった井筒屋跡。
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島津氏は鈴鹿峠を越えてここ土山宿まで来ましたが、東軍の詮議が厳しいということを察知してもう一度鈴鹿峠へ引き返し迂回したということです。
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でも私は甲賀を探訪。伊賀、甲賀で有名な両地ですが伊賀は三重県、甲賀は滋賀県と別れていることを知りました。
甲賀市は広い! まずは旧甲賀町の甲賀駅へ、
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駅舎の天井から忍者が、
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甲賀流忍術屋敷も、
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私たちは甲賀を「こうが」と読みますがここでは「こうか」と発音するようです?
豊臣政権で五奉行の一人長束正家も統治した水口へ、
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水口城自体は徳川家光時代に出来たようです。
資料館は休館日、
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朝も早かったので疲れました、4時前にチェックイン。
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大浴場でひと風呂浴びて沿道の寿司屋へ、
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走行距離は387km、
所用時間は9時間
旅程は
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