2月18日も天気は大丈夫、国道6号線に出るまで30分ほどかかりました。
水戸、日立方面へ、
日立からはバイパスを国道245号線方面へ、
今日は左手に鹿島灘を見ながらの南下です。
昭和電工!?
昨日通った大子から流れる久慈川を渡ると東海村、片側2車線に広がります。
東海村の中だけはず~っと片側2車線の立派な道路が続きます。
これも原子力村の恩恵か!?
原子力科学館は臨時休館、
東海第二原発、この先へは行けません。
那珂湊へ、
東洋のナポリと言われた阿字ヶ浦海岸、
ひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅。先日テレビでやっていましたが、様々な工夫を凝らして最近黒字転換したとか、
駅では様々なグッズを販売中!
市場は昼時で混みあっています。
御食事処小舟に入ります。
サービスランチ(1750円)は刺身定食をいただきました。
那珂湊には反射炉があるようなので探してみました。
山上門、江戸小石川にあった水戸藩藩邸を移築したもの。
江戸にあったころは、この門を佐久間象山、横井小楠、西郷隆盛、江川英龍など幕末、維新の重要人物が出入りしていた。
門をくぐった先にあるのが反射炉(模型)
残念ながら実物は水戸天狗党の乱の際破壊され、昭和12年に実物大模型として再建されたもの。
脇には反射炉に使われた焼成煉瓦を作る登り窯もある。
(2025年7月に見た伊豆韮山の反射炉)

水戸へ移動します。
最初は弘道館、
梅の花が咲き始めています。
鮮やかな八重寒紅、
正庁へ入ります。
農人形。
烈公と呼ばれた徳川斉昭ですが「愛民謝農」の心で小型の農人形を常に食膳において感謝したそうです。
日本最大の藩校が弘道館(左下)
日本最古の学校が昨日訪れた足利学校(右上)
閑谷学校や咸宜園にも行ってみたいものです。
水戸光圀から明治時代まで250年に渡って編纂された大日本史、
最後の将軍徳川慶喜晩年の家族写真(左端が慶喜)
今回常陸を走ってみて、鹿島灘の長大な海岸線に列強が押し寄せれば日本は大変なことになると危機感を持ち、幕府に強硬策を具申した徳川斉昭の心情も理解できます。
斉昭が考案したという安神車(鉄製の戦車)や潜水艦。
水戸にも天狗党の足跡がありました。
常盤神社境内の常盤共有墓地、
回天神社
元治元年尊王攘夷の志半ばで幕府に降伏した天狗党800余名が敦賀の鰊蔵に押し込められ非道な処遇を受けましたが、その鰊蔵の一つを水戸に移築して回天館として天狗党の足跡を展示しています。
昨年7月に敦賀で見てきた鰊蔵、
内部、開館時間は10時~14時まで、すれすれで間に合いましたが案内はいません。
自分で照明をつけて見てきました。
天狗党行軍経路
上州から信州へ入る内山峠、
望月宿、
笠取峠
和田宿、
和田峠の合戦場、
和田峠の合戦で亡くなった松本藩士の墓の写真もありました。
天狗党殉難志士の墓、
ここには天狗党以外にも歴史上著名な人の墓が、
水戸黄門の漫遊記でもお馴染みの格さんの墓、格さんは大日本史編纂を主導した学者でもあったのですね。
藤田東湖の墓、水戸学の大家でしたが、安政2年の安政江戸地震で死亡。
関鉄之助、桜田門外の変の実行部隊の指揮者。
あまり観光客も来ない場所ですが、私は興味深く散策できました。
水戸の名所と言えば偕楽園、
路傍には正岡子規の句碑が、「崖急に梅ことごとく斜めなり」この場所そのものを詠んだリアリズムの俳句ですね。
好文亭、斉昭が別邸として建てたものですが昭和20年の空襲で焼失、昭和33年に復元。
各部屋には襖絵にちなんだ樹木の名前がついています。
菊の間、
桃の間、
一見二階建てと見えますが、二層三階からの眺めは素晴らしい!
吐玉泉、泉が湧いています。
庭も写しておかないと。
お土産は偕楽園で獲れたという梅を使った梅干しと梅サブレ、
今日の泊り大洗へ移動、大洗まいわい市場、
お土産につくば鶏そぼろ、
マツコが紹介したというチョコフォーカステラ、
隣のセイミヤも見ていきます。
宿はそのすぐ近く、舞凛館。
湯はナトリウム塩化物冷鉱泉、
宿の一押しがアンコウ鍋、大きな鍋で満腹。
走行距離は141km、見学が多かったので距離は稼げませんでした。
所用時間は8時間20分でした。
行程は
水戸、日立方面へ、
日立からはバイパスを国道245号線方面へ、
今日は左手に鹿島灘を見ながらの南下です。
昭和電工!?
昨日通った大子から流れる久慈川を渡ると東海村、片側2車線に広がります。
東海村の中だけはず~っと片側2車線の立派な道路が続きます。
これも原子力村の恩恵か!?
原子力科学館は臨時休館、
東海第二原発、この先へは行けません。
那珂湊へ、
東洋のナポリと言われた阿字ヶ浦海岸、
ひたちなか海浜鉄道の那珂湊駅。先日テレビでやっていましたが、様々な工夫を凝らして最近黒字転換したとか、
駅では様々なグッズを販売中!
市場は昼時で混みあっています。
御食事処小舟に入ります。
サービスランチ(1750円)は刺身定食をいただきました。
那珂湊には反射炉があるようなので探してみました。
山上門、江戸小石川にあった水戸藩藩邸を移築したもの。
江戸にあったころは、この門を佐久間象山、横井小楠、西郷隆盛、江川英龍など幕末、維新の重要人物が出入りしていた。
門をくぐった先にあるのが反射炉(模型)
残念ながら実物は水戸天狗党の乱の際破壊され、昭和12年に実物大模型として再建されたもの。
脇には反射炉に使われた焼成煉瓦を作る登り窯もある。
(2025年7月に見た伊豆韮山の反射炉)

水戸へ移動します。
最初は弘道館、
梅の花が咲き始めています。
鮮やかな八重寒紅、
正庁へ入ります。
農人形。
烈公と呼ばれた徳川斉昭ですが「愛民謝農」の心で小型の農人形を常に食膳において感謝したそうです。
日本最大の藩校が弘道館(左下)
日本最古の学校が昨日訪れた足利学校(右上)
閑谷学校や咸宜園にも行ってみたいものです。
水戸光圀から明治時代まで250年に渡って編纂された大日本史、
最後の将軍徳川慶喜晩年の家族写真(左端が慶喜)
今回常陸を走ってみて、鹿島灘の長大な海岸線に列強が押し寄せれば日本は大変なことになると危機感を持ち、幕府に強硬策を具申した徳川斉昭の心情も理解できます。
斉昭が考案したという安神車(鉄製の戦車)や潜水艦。
水戸にも天狗党の足跡がありました。
常盤神社境内の常盤共有墓地、
回天神社
元治元年尊王攘夷の志半ばで幕府に降伏した天狗党800余名が敦賀の鰊蔵に押し込められ非道な処遇を受けましたが、その鰊蔵の一つを水戸に移築して回天館として天狗党の足跡を展示しています。
昨年7月に敦賀で見てきた鰊蔵、
内部、開館時間は10時~14時まで、すれすれで間に合いましたが案内はいません。
自分で照明をつけて見てきました。
天狗党行軍経路
上州から信州へ入る内山峠、
望月宿、
笠取峠
和田宿、
和田峠の合戦場、
和田峠の合戦で亡くなった松本藩士の墓の写真もありました。
天狗党殉難志士の墓、
ここには天狗党以外にも歴史上著名な人の墓が、
水戸黄門の漫遊記でもお馴染みの格さんの墓、格さんは大日本史編纂を主導した学者でもあったのですね。
藤田東湖の墓、水戸学の大家でしたが、安政2年の安政江戸地震で死亡。
関鉄之助、桜田門外の変の実行部隊の指揮者。
あまり観光客も来ない場所ですが、私は興味深く散策できました。
水戸の名所と言えば偕楽園、
路傍には正岡子規の句碑が、「崖急に梅ことごとく斜めなり」この場所そのものを詠んだリアリズムの俳句ですね。
好文亭、斉昭が別邸として建てたものですが昭和20年の空襲で焼失、昭和33年に復元。
各部屋には襖絵にちなんだ樹木の名前がついています。
菊の間、
桃の間、
一見二階建てと見えますが、二層三階からの眺めは素晴らしい!
吐玉泉、泉が湧いています。
庭も写しておかないと。
お土産は偕楽園で獲れたという梅を使った梅干しと梅サブレ、
今日の泊り大洗へ移動、大洗まいわい市場、
お土産につくば鶏そぼろ、
マツコが紹介したというチョコフォーカステラ、
隣のセイミヤも見ていきます。
宿はそのすぐ近く、舞凛館。
湯はナトリウム塩化物冷鉱泉、
宿の一押しがアンコウ鍋、大きな鍋で満腹。
走行距離は141km、見学が多かったので距離は稼げませんでした。
所用時間は8時間20分でした。
行程は




























































