7月に山陰から出雲へ行ってきましたが、錦秋の今、今度は北へ行ってみたいと計画しました。
会津の東山温泉で初泊、二泊目が三陸大船渡、三泊目を八戸に予約し、出雲の歴史と三陸の東日本大震災の復興を見てみたいという予定です。

10月15日、北陸道経由で新潟から会津へ、
丁度昼時に立ち寄った黒埼PA
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PAの食事は選択肢が少ないですが、味噌ラーメン
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初めて走る磐越自動車道、分岐するとすぐに一車線になります。
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阿賀野川PAから会津方面を望む。
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会津に到着、今日の目的は鶴ヶ城、左へ舵を切ります。
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鶴ヶ城は中心市街地に立地、博物館も近隣にありますが、それは次回の楽しみとして
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鶴ヶ城の縄張りの中へ
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立派!な石垣と大きなスケール
天守が遠くに見え隠れ、
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松本城とはスケール観が違います。
出雲の松江城も大きなスケールでしたが、規模の点では松本城は誇れません。

会津鶴ヶ城の天守閣、
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賊軍だった会津藩は、慶応4年の会津戦争で明治新政府軍によってボコボコにされ
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明治7年に石垣や立木以外の建造物は解体されました。
現在の建物は1965年に鉄筋コンクリート造で外観復興再建を遂げています。

内部は鉄筋コンクリート造らしい佇まい、
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京都守護職 松平容保も見たであろう会津の風景
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これは旧来の石垣に走る武者走り
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場内は歴史を知る博物館になっています。
会津城主の遍歴は面白い。
1384年、蘆名氏により築城、その後伊達政宗の時代までは黒川城と呼ばれ、蒲生氏郷、上杉景勝を経て
加藤氏、保科氏、保科氏から改名した会津松平家の統治時代には若松城と言われたそうです。

信州高遠藩主だった保科正之が山形藩主を経て会津の初代藩主になりましたが、高遠の蕎麦を会津に伝えたのも正之だったとか。
出石の皿蕎麦は小諸藩主だった仙石氏、会津蕎麦も信州の高遠由来とは面白いですね。

城内にある麟亭で一休み
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茶室も本格的、躙口
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ここで茶を喫したわけではありませんが、
抹茶を一服
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薯蕷饅頭が美味しかった!
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夕日に映える会津若松城
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そして今日のお宿は東山温泉「新瀧」
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この旅館には竹久夢二が何度も投宿、1934年に信州富士見町の療養所から出された末期の手紙では、もう一度新瀧の風呂に入りたいと書かれていたそうです。
またここの源泉には土方歳三も入ったとか、その源泉を引いた猿の湯(ピンボケですみません)
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にも入ってきましたが、温泉の泉質は抜群、今までの温泉の中でも秀逸でした。

会津には探訪動機が満載、温泉も良いのでまた来たいものです。