佐久へ行く用事がありました。
いつも通り三才山トンネルを抜けていくのも芸がないと思い、美ヶ原、三城からビーナスラインを経由、和田峠を降りて行くルートを選択。

ビーナスラインから和田側へ下って行くと、
中山道碑

中山道の碑が、アッそうか、ここは昔中山道だったのか! 
と言うわけで、興味深々。旧和田峠探訪と洒落て、下諏訪側へ方向転換。

向かっていくと、ビーナスラインの高架下にトンネルが見えました。
和田嶺トンネルとビーナスライン

何とこのトンネル、信号機が付いていて交互片側通行です。
このトンネルを潜り抜け(狭い、狭い、1台の車がやっと通れる)下諏訪側へ降下、下諏訪側の新道まで降りましたが、その途中は工事中だらけ、おまけに大型車がドンドン来ます。

新道でUターンしてまた峠へ引き返し、トンネルの側壁を見ると、
和田トンネル、エスペラント

この和田嶺トンネルができた経緯が書いてあります。
その当時ここは日本一高いところに作ったトンネルだったのですね。

トンネル工事の模様。
昭和8年の和田峠

和田峠は江戸時代には、中仙道の最難所だったようです。1500mを越える標高ということは冬季には雪で埋まると言うこと、そして下諏訪宿から次の和田宿までは5里半もあり、通常の宿場の間隔が2里に設定されていた当時としては命がけの山越えだったのでしょう。
思ったとおり、和田側へ下っていくとお助け小屋が保存されていました。
和田峠お助け小屋

拡幅されて舗装されたとはいえ狭い旧道ですが、今でも大型車がどんどん通り抜けます。
和田峠の道

新和田トンネルの大型料金が1000円、これを節約するために30分くらいの時間と快適さを犠牲に登ってくるのですね。
地図を見ても遠回りなことが分かります。
旧道案内