2026年07月

岬と峠紀行(西会津、置賜、村山、最上③)小国を経て帰ります

7月3日は曇り空。
今日は山刀伐峠を経て帰ります。
道端にはホップ? 山形でも栽培しているのですね。
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東北中央道から
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国道113号線、新潟村上方面へ。
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小国手前にあったミートストアスガイ。
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夕飯用に馬刺し、馬チャーシュー、馬モツ煮。
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また飯豊の道の駅では牛肉コロッケやメンチを。
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小国駅を経て、
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県境を越えて新潟の関川村では重要文化財の渡邊邸、
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昼食は甘辛生姜の稲荷ずしとどら焼き。
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途中会社のZOOM会議に入ったのですが、接続の難しいこと! 全体の三分の一も分かりませんでした。

北陸道から松本を目指しました。
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走行距離は486km
所用時間は8時間40分

行程は
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3日間の行程、
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前回も含めた山形県全行程は
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月山や蔵王は次回の課題ですね。


岬と峠紀行(西会津、置賜、村山、最上②)上杉神社、山寺、紅花資料館

7月5日も晴れました。

宿の張り紙は「最上川源流一番搾り」
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宿の裏、堰堤を流れ下る水も源流の一滴。
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写真では実感できませんが、今朝はこの急傾斜を下ります。
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米沢市内へ、
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旧米沢高等工業学校本館。
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近くに上杉神社があるはずですが、大きく迂回して、

上杉神社へ。
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伊達政宗もここで生まれたのですね。
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上杉鷹山、言わずと知れた米沢上杉氏中興の祖。
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小高い高みの上には招魂碑。
戊辰、西南、日清日露の戦没者を祀っているのですね。
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その前ここには上杉謙信の遺骸を祀った御堂がありました。
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上越春日山で没した謙信の遺骸を壺に入れ、漆で密閉して会津へ、そしてここ米澤まで、謙信に対する崇拝とこだわりを感じます。

宝物殿稽照殿、
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私はここで、直江兼続の「愛」の前立てを起した兜が見られると思いましたが、残念ながらありませんでした。また撮影禁止にはがっかり。

米沢市上杉博物館へ、
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入場すると面前に能舞台が。
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ここにありました、直江兼続の「愛」の前立てのレプリカ。
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博物館前の土産や飲食街で、私が見たかったウコギの垣根。
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米澤は寒冷で米も十分に取れず、上越から会津そして米澤と大きく領地を減らされた上杉氏。
士分の屋敷でも土塀も賄えず、春先には食用にも供すことができるウコギを垣根として植えたそうです。窮余の救荒作物だったのですね。
お土産屋さんに聞いたところ、食用に出来るウコギを見るには2か月ほど遅かった由。
このあと、YAMAZAWAに行って野菜売り場で聞いたところ「スーパーにウコギが出るのは4月ごろ、山菜と同じ時期ですよ」との回答をいただきました。
春先に来てウコギ飯を食べるのも旅の目的になります。

東北中央道、何回か最上川を渡ります。
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山形市から山寺(立石寺)へ、
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山寺に着いたのは昼前、そして対面石と対面堂。
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山寺を開山した慈覚大師が、この地方を支配していた狩人磐司磐三郎とこの大岩の上で対峙し、仏道を諭した場所。
その脇の同じ名前の対面石というそば屋で昼食。
芋煮そば1200円と芭蕉焼団子500円。
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立石寺、
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松尾芭蕉の「閑さや巌にしみ入蝉の聲」はここで生まれました。
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山寺の上まで登りたかったのですが、
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米澤の街でも感じましたが、肌にまとわりつくような湿気と高温に登れる気がしません。
ここからが入山500円、立石寺の肝ですが諦めます。
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しかし良いですね、深山幽谷の雰囲気。
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次は天童を経て河北町へ、サクランボ農園があちこちに。
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紅花資料館、たいがい資料館というのは簡素なところが多いので見くびって?いましたが、駐車場は満車! 離れたところの役場からシャトルバスが出ているからそっちへ行って、と言われているうちに1台分が空きました。
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武者蔵、立派な土蔵です。
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大筒用台車、江戸末期に考案されたもの。
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二階へ上る階段にはこれも立派な階段箪笥、実際に引き出せました。
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銭升、昔は弊社でも硬貨を数えるのにこんなものを使っていました。
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きれいな回遊できる庭園の右には紅の館。
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紅花は黄色から真紅まで微妙な色調の変化が楽しめますね。
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紅餅、紅花の花弁を水につけたり発酵させて作る染料の原型。
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隣接する直売店で買ってきました正真正銘の紅花。
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買ってから一週間ほどはつぼみの開花が楽しめました。

またここが河北町だったことを忘れていましたが、この町こそ冷たい肉そばの原点。
そうしたら直売店にありました!
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冷たい肉そば、乾麺付きのキット1620円と、だし(肉入り)の缶詰4缶で1550円。

家に帰ってから缶詰を使って作ってみました。
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そのつゆの旨い事! 名物に旨い物なしと言われますが、心から美味しかったといえる逸品で感激。

この日は暑さと湿気にやられてヘロヘロ。
時間はありましたが、宿の赤倉温泉へ直行することに。
その道すがらありました。
肉そば「いろは」、山寺で芋煮そばも良かったですが、ここを外したのは痛かった。
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尾花沢と最上の境には、山刀伐(なたがり)峠が、
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芭蕉も奥の細道でこの峠の難儀さを記しています。
尾花沢側の峠口はその難儀さを表しています。
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赤倉温泉へ、
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昔は盛ったであろう温泉郷ですが、現在はひっそり。


今日の宿はわらべの宿湯之原。
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ぐったりした体を小国川沿いの露天で癒し、
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夕食は3人だけでしたが、
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山形牛や焼鮎、馬刺しなど美味しくいただきました。

この日の走行距離は185㎞
所用時間は7時間

行程は
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岬と峠紀行(西会津、置賜、村山、最上①)磐梯山、白布峠

7月4日から二泊三日で、再度山形県を巡ります。

6月に山形県の西部から北部そして中部を巡り、山形県にとって最上川の重要性が分かったので、今回は最上川の源流部から周り始めようと思った次第です。

6時前に家を出て、最初の休憩はやはり黒姫野尻湖PA。
ナウマンゾウに敬意を表し、
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次の休憩は大積PA.
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初めて立ち寄ったPAですが、シャワー設備があることに感激。
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今回は常磐道を会津若松方面へ、
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阿賀野川PAで小休止。
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このまま高速で猪苗代湖まで行くのも芸がありません、どうせなら県境を一般道で越えてみたい。

ということで三川で下ります。
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酷道49号線を会津方面へ、
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阿賀野川を越えると、
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何となく既視感のある風景が、
福島県境、
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そうだった! 昨年9月の新潟北部を周った際にここまで来ました。
その時のその場所。
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県境の先には車峠も。
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道の駅にしあいづよりっせには何と「高遠そば」の幟が。
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ちょうど昼時、「会津の馬刺し」がお土産用にチルドで売っているのには驚き!
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会津やるなぁ~! 信州馬刺しはせいぜい冷凍販売ですが。

ジビエラーメンも魅力ですが、
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何といっても会津の「高遠そば」を味わってみたくて、
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う~ん、なかなかいけます。
味噌を溶き入れるのではなく、最初から大根汁に溶いてありますが、そばも手打ちで美味しかったです。

越後街道野澤宿
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ここから再度磐越道に、
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猪苗代磐梯高原で高速を下り、
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道の駅猪苗代で情報収集、
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会津民俗資料館は休館、
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野口英世記念館は仰々しいのでパス。
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猪苗代湖畔
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湖畔から高台へ登ったところにある有栖川宮家別邸の天鏡閣へ、
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球戯室、ビリヤードとか撞球と言われていますが球戯とも言うのですね。
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明治30年の有栖川宮と伊藤博文、
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12年後、明治42年のご両人。
この自動車はどこの何?
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展望台へ登ってみましたが、猪苗代湖の展望はあまり望めませんでした。
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天鏡閣から天鏡台へ、磐梯山の南面にある昭和の森。
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クマ出没で閉鎖中、ここも猪苗代湖の眺望が望めませんでした。

亀ヶ城址、会津藩の支城であり戊辰戦争で焼失。
幼少の野口英世の遊び場だったとか。
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国道459号線を裏磐梯へ、
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既読の「国道の謎」には今現在、全国の現役国道は459本あるそうですが、ピッタリの数値ですね!
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五色沼、
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この先、ゴールドラインとスカイバレーに、
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桧原湖の東岸を走り、湖の北端を県道64号線喜多方方面へ。
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桧原歴史館、
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この建物は昔の宿場におかれた検断屋敷、街道の流通取締りをしていました。
會津米澤街道檜原歴史館は建物の左半分、右半分は食堂でした。
入場料100円をボックスに入れて、
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注目は、明治21年の磐梯山噴火、この建物も噴火後に建てられたものでした。
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檜原宿もこの噴火で徐々に水位が上がり、今では桧原湖の下に沈んでいます。
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檜原には金山もありました。
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湖畔を南下すると奇怪な裏磐梯山。
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表とは決定的に雰囲気が違います。
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ズームしてみると、140年経っても崩落の爪痕が明らかです。
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裏磐梯ビューパークへ、
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山塩ソフトクリーム450円でヒヤッと!
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これからは山形県、桧原から米山方面スカイバレーへ。
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鉢山七曲り、奥には桧原湖そして磐梯山が。
明治の大噴火の時、磐梯山の崩落がここからは見えたのでしょう。
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ヘヤピンカーブの連続が分かります。

山形県境、白布峠。
ここからは山形県の置賜地方、やまがた南部をこう呼ぶそうですが、江戸時代の上杉米沢藩の領地がこの地方です。
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ここにあったのがひろすけ文学碑。
泣いた赤鬼や竜の目の涙の作者です。
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いよいよ山形県、そして最上川の源流部に入りました。
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右、天元台ロープウェーへ、
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天元台ロープウェー湯元駅、
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そこの奥のダートに入っていくと、
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すごい傾斜です、1kmほどの距離で206mの高度差は激坂です。
名付けて昇竜坂、ローでも気を抜くとエンストしそうな坂道。
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写真では実感できませんが、一度エンストするとそのあとタイヤばかりが砂利を跳ねて空転。
恥ずかしながら2度もエンスト空転を繰り返した挙句に到着した新高湯温泉吾妻屋旅館。
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薪ストーブが置かれたロビーで説明を受けます。
食事は5時から、準備できた順番に部屋出し。風呂は4か所、こんな注意もありました。
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屋内風呂、
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源泉の貸切風呂は独り占め。標高1126mにちなんで「いいふろ」
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栗の根っこ風呂、
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眺望露天風呂、
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夕食は5時から米沢牛の陶板焼きやタタキ、そして芋煮も。
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部屋でゆっくり食べたていたら7時に片付けに来て慌てました。

そして吾妻連峰に沈む夕日。
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移動距離は485km、
所用時間は11時間でした。

行程は
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会津から置賜への道筋、
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