能登半島東岸紀行を終わって、次は同じく西岸を行くか? とも思いましたが、この頃の気候が急に秋めいてきたことで、もっと北への足も延ばした方が冬を迎えるにあたって良いのでは? などと思い、富山や新潟南部は何度も行ったことがあるので飛ばし、鮭で有名な下越の村上周辺へ行くことに決めました。
9月24日、今日一日は晴れの予報ですが明日の新潟は雨の予報。
上信越自動車道で高田に下り、まずは高田城址公園へ、
さすが雪深い上越だけあって、消火栓も一般の3倍の高さです。
町家の雁木造りが印象的な高田の市街を走り、
高田城址公園、
ここから国道8号線に乗って、
日本海に沿って北上します。
海岸沿いを走るには次々と入れ変わる国道を乗り換えなければいけません。
国道352号線をまずは柏崎刈羽原発へ、
ナビの案内では原発の施設がここしか表示されていなかったのでアトミュージアム(柏崎原子力広報センター)へ、
ここは県の施設で、防護服など見た目では少ない感じが、
しかし、新潟県や刈羽村編集の者も含めて分厚い資料を数冊いただけました。
職員の方に尋ねると、原発は3kmほど北へ行くとのこと、
刈羽村に入りました。柏崎刈羽原発の刈羽というのがこの村の名前だと初めて知りました。
TEPCOサービスホール、ここでより詳しく原発を知ることができるか、
日本の一次エネルギー供給実績、
天然ガス、石油、石炭などの火力エネルギーが大半を占めています。また3,11以来原子力も急減、しかしこの頃は盛り返しています。注目は一番下の青で示した水力、比重は微々たるものですがこの70年間増減がほとんどありません。峠巡りで出会った発電所を思い返しました。
食料と同じく海外依存度の高い輸入依存度は90%内外と恐ろしい数字です。
最上階へ行くと松林の向こうに原発の排気塔が、
原発の五分の一の模型では制御の仕組みが動きます。
原発運転中、
制御棒が差し込まれてストップの状態、
新潟県の沿岸はのっぺりした海岸線なので岬がありません。
ちょっと出っ張ったところにあった椎谷岬、
ここから見える柏崎刈羽原発、
そろそろお昼、昼食は天領の里出雲崎で、
ここは佐渡金山金銀陸揚の地、遠くに佐渡の島影も見えます。
思い出しましたが、ここで揚陸された金銀は北信を通って中山道で江戸まで運ばれました。
天領出雲崎時代館 出雲崎石油記念館。
入り口に鎮座する北前船の四爪錨、海底に沈んでいたものを引き上げたらしいです。
佐渡との間を行き来した御用船の大型模型、
北前船で使われた気圧計、そろばん、秤など、
棟続きの石油記念館では麗しい美女がお出迎え、
全盛期の尼瀬油田、新潟の油田といえば胎内しか知りませんでしたが、このあたりでも出たんですね。
石油掘削の道具類、
昼食は道路を挟んだ反対側にあった生姜ラーメンいずも屋、出雲崎では生姜ラーメンがご当地ラーメンのようですね。
特製あっさり塩生姜ラーメン1200円、店の人の言うにはこのラーメンが塩ラーメンのグランプリを取ったそうです。
私にはちょっと薄味すぎましたが、動物系のだし以外に生姜、トマト、リンゴ、キャベツなどが入っていてポトフ的な味わいもするスープでした。
ここで海岸線を走るには国道352号線から国道402号線に交代、
寺泊港を過ぎ、
何と、国道402号線は通行止め、う回路を見ると弥彦スカイラインとあるではないですか!
スカイラインとは望むところです、意図していなかった弥彦山頂も行けました。
もう一つの副産物として日本海間瀬サーキットも見つけました。
間瀬サーキットの名前は知っていましたが、新潟県の海岸端にあるとは思いもよりませんでした。
ヘヤピンカーブや、
ピットからのストレートは山襞の中を走ります。
誰もいなかったし、レースの爆音もしませんでしたので見物していると、険しい顔をしたおじさんが「無断で入ってはダメ」、入るには入場料1500円を払わなければならないようです。
見るだけでこれは高いな、とは思いましたが素直にお支払い。
そうしたらサーキットのポスターをお土産にくれました。
「午後バイクの走行があるから見ていったら」と言われましたが先を急ぐ旅なので断念。
その先には遠藤実記念館、
海沿いの防風林の中を新潟市へ、
市内の道で少し迷いましたが、国道113号線に入り新発田を抜けて村上へ、
巨大な石仏があるので立ち寄った先が越後の里、親鸞聖人西方の湯。
かなり特徴的な茶色なヨードチンキ臭のする日帰り温泉のようですが休業中でした。
ちょうど胎内のあたりか、海上に石油採掘櫓らしいものを発見。
村上市へ入り、イヨボヤ会館へ、イヨボヤとは方言で鮭のこと。
日本最初の鮭の博物館です。
当地で昔やっていた鮭漁の漁法、
別棟の鮭観察自然館へ、
ここは三面川の支流種川の流れを直に見られる観察窓が、
今日はたまに小魚が通りましたが、鮭の遡上時にはダイナミックな鮭の泳ぎが見られるのでしょう。
村上の鮭料理各種、
新潟は錦鯉の産地、新品種の「黄白」
村上から北上して山形との県境に近い笹川流れが今日最後の目的地、羽越本線JR桑川駅は笹川流れの最寄り駅。
夕日と眼鏡岩海岸、ここが10kmに及ぶ笹川流れの中心のようです。
あと10km程の県境まで行きたいところですが時間的に厳しいので村上へ引き返し、今日の泊りは瀬波温泉の清波温泉です。
旅館の窓からも日本海に沈む夕日が、
この温泉は明治37年、石油採掘の副産物として吹き出しました。
泉温90℃の熱湯で、ナトリウム塩化物泉です。
夕食は、
今日の走行距離は407km。
行動時間は11時間、やはり疲れました。
9月24日、今日一日は晴れの予報ですが明日の新潟は雨の予報。
上信越自動車道で高田に下り、まずは高田城址公園へ、
さすが雪深い上越だけあって、消火栓も一般の3倍の高さです。
町家の雁木造りが印象的な高田の市街を走り、
高田城址公園、
ここから国道8号線に乗って、
日本海に沿って北上します。
海岸沿いを走るには次々と入れ変わる国道を乗り換えなければいけません。
国道352号線をまずは柏崎刈羽原発へ、
ナビの案内では原発の施設がここしか表示されていなかったのでアトミュージアム(柏崎原子力広報センター)へ、
ここは県の施設で、防護服など見た目では少ない感じが、
しかし、新潟県や刈羽村編集の者も含めて分厚い資料を数冊いただけました。
職員の方に尋ねると、原発は3kmほど北へ行くとのこと、
刈羽村に入りました。柏崎刈羽原発の刈羽というのがこの村の名前だと初めて知りました。
TEPCOサービスホール、ここでより詳しく原発を知ることができるか、
日本の一次エネルギー供給実績、
天然ガス、石油、石炭などの火力エネルギーが大半を占めています。また3,11以来原子力も急減、しかしこの頃は盛り返しています。注目は一番下の青で示した水力、比重は微々たるものですがこの70年間増減がほとんどありません。峠巡りで出会った発電所を思い返しました。
食料と同じく海外依存度の高い輸入依存度は90%内外と恐ろしい数字です。
最上階へ行くと松林の向こうに原発の排気塔が、
原発の五分の一の模型では制御の仕組みが動きます。
原発運転中、
制御棒が差し込まれてストップの状態、
新潟県の沿岸はのっぺりした海岸線なので岬がありません。
ちょっと出っ張ったところにあった椎谷岬、
ここから見える柏崎刈羽原発、
そろそろお昼、昼食は天領の里出雲崎で、
ここは佐渡金山金銀陸揚の地、遠くに佐渡の島影も見えます。
思い出しましたが、ここで揚陸された金銀は北信を通って中山道で江戸まで運ばれました。
天領出雲崎時代館 出雲崎石油記念館。
入り口に鎮座する北前船の四爪錨、海底に沈んでいたものを引き上げたらしいです。
佐渡との間を行き来した御用船の大型模型、
北前船で使われた気圧計、そろばん、秤など、
棟続きの石油記念館では麗しい美女がお出迎え、
全盛期の尼瀬油田、新潟の油田といえば胎内しか知りませんでしたが、このあたりでも出たんですね。
石油掘削の道具類、
昼食は道路を挟んだ反対側にあった生姜ラーメンいずも屋、出雲崎では生姜ラーメンがご当地ラーメンのようですね。
特製あっさり塩生姜ラーメン1200円、店の人の言うにはこのラーメンが塩ラーメンのグランプリを取ったそうです。
私にはちょっと薄味すぎましたが、動物系のだし以外に生姜、トマト、リンゴ、キャベツなどが入っていてポトフ的な味わいもするスープでした。
ここで海岸線を走るには国道352号線から国道402号線に交代、
寺泊港を過ぎ、
何と、国道402号線は通行止め、う回路を見ると弥彦スカイラインとあるではないですか!
スカイラインとは望むところです、意図していなかった弥彦山頂も行けました。
もう一つの副産物として日本海間瀬サーキットも見つけました。
間瀬サーキットの名前は知っていましたが、新潟県の海岸端にあるとは思いもよりませんでした。
ヘヤピンカーブや、
ピットからのストレートは山襞の中を走ります。
誰もいなかったし、レースの爆音もしませんでしたので見物していると、険しい顔をしたおじさんが「無断で入ってはダメ」、入るには入場料1500円を払わなければならないようです。
見るだけでこれは高いな、とは思いましたが素直にお支払い。
そうしたらサーキットのポスターをお土産にくれました。
「午後バイクの走行があるから見ていったら」と言われましたが先を急ぐ旅なので断念。
その先には遠藤実記念館、
海沿いの防風林の中を新潟市へ、
市内の道で少し迷いましたが、国道113号線に入り新発田を抜けて村上へ、
巨大な石仏があるので立ち寄った先が越後の里、親鸞聖人西方の湯。
かなり特徴的な茶色なヨードチンキ臭のする日帰り温泉のようですが休業中でした。
ちょうど胎内のあたりか、海上に石油採掘櫓らしいものを発見。
村上市へ入り、イヨボヤ会館へ、イヨボヤとは方言で鮭のこと。
日本最初の鮭の博物館です。
当地で昔やっていた鮭漁の漁法、
別棟の鮭観察自然館へ、
ここは三面川の支流種川の流れを直に見られる観察窓が、
今日はたまに小魚が通りましたが、鮭の遡上時にはダイナミックな鮭の泳ぎが見られるのでしょう。
村上の鮭料理各種、
新潟は錦鯉の産地、新品種の「黄白」
村上から北上して山形との県境に近い笹川流れが今日最後の目的地、羽越本線JR桑川駅は笹川流れの最寄り駅。
夕日と眼鏡岩海岸、ここが10kmに及ぶ笹川流れの中心のようです。
あと10km程の県境まで行きたいところですが時間的に厳しいので村上へ引き返し、今日の泊りは瀬波温泉の清波温泉です。
旅館の窓からも日本海に沈む夕日が、
この温泉は明治37年、石油採掘の副産物として吹き出しました。
泉温90℃の熱湯で、ナトリウム塩化物泉です。
夕食は、
今日の走行距離は407km。
行動時間は11時間、やはり疲れました。








































































































































































































































































