2020年10月

会津、三陸を行く②

10月16日、会津を出て今日は松島を経由して三陸の大船渡へ。
会津磐梯山に別れを告げます。
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磐越道から東北自動車道へ、そこから三陸自動車道へと入り松島へ、
雄島へ到着、
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津波がここまで押し寄せたのですね!
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雄島へ渡ります。摩崖仏が多く目につきます。
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雄島
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この日はちょうど松島離宮という観光施設の開所式
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池の中?で三味線の演奏を聴きます。
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場内の内覧会、関係者で混雑しています。
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この中でも飲食施設はありましたが、とても食事にありつける状態ではないので、
近くのそば屋で「はぜ天そば」
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そばのボリュームがすごい、ハゼの天ぷらも美味しくいただきました。

これから三陸を北上しますが、三陸自動車道(E-45)がどこまで伸びているか?どこが工事中か? が分かりません?
工事中のところは国道45号線を走ればよいか⁉ と腹をくくって出発。
石巻から南三陸町を通て気仙沼へ、津波の後多くの家々が流されたと思われる地域の中へ入っていくと
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廃墟のような建物が目につきました。
宮城県立気仙沼向洋高等学校、東日本大震災で4階までが津波で水没するなどの被害を受けました。
2019年から「気仙沼市東日本大地震遺構、伝承館」として一般公開されているそうですが、
先を急ぐたび、近くにあったいのりの広場で手を合わせました。
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ここ宮城県気仙沼から青森県八戸に至る南北22kmの太平洋に面した海岸線は、北部の豪壮な断崖美と南部の繊細なリアス海岸で陸中海岸国立公園から、平成25年に「三陸復興国立公園」として新たなスタートを切ったということですが、東日本大震災の被害を乗り越えるための住民の皆さんの苦難と努力の結晶を見る気がします。

気仙沼から陸前高田へ向かいます。
三陸沿岸の被害模様
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ここに見るように、陸前高田の被害が突出して大きいことが分かります。
奇跡の一本松
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津波で一掃されてしまった奇跡の一本松を含む海岸線に2013年「高田松原津波復興祈念公園」が建設されていました。
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海に向かって祈りをささげる献花台
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そして「東日本大震災津波伝承館」
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津波で流されてしまった消防車
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この車に乗り込んでいた消防士さんはどうなったのでしょう?
流失した気仙大橋の残骸
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今回私も渡った新気仙大橋、この堅牢な橋が流されるという自然エネルギーの凄まじさに驚きます。

この日は大船渡泊まり、大船渡温泉に宿泊です。


会津、三陸を行く①

7月に山陰から出雲へ行ってきましたが、錦秋の今、今度は北へ行ってみたいと計画しました。
会津の東山温泉で初泊、二泊目が三陸大船渡、三泊目を八戸に予約し、出雲の歴史と三陸の東日本大震災の復興を見てみたいという予定です。

10月15日、北陸道経由で新潟から会津へ、
丁度昼時に立ち寄った黒埼PA
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PAの食事は選択肢が少ないですが、味噌ラーメン
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初めて走る磐越自動車道、分岐するとすぐに一車線になります。
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阿賀野川PAから会津方面を望む。
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会津に到着、今日の目的は鶴ヶ城、左へ舵を切ります。
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鶴ヶ城は中心市街地に立地、博物館も近隣にありますが、それは次回の楽しみとして
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鶴ヶ城の縄張りの中へ
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立派!な石垣と大きなスケール
天守が遠くに見え隠れ、
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松本城とはスケール観が違います。
出雲の松江城も大きなスケールでしたが、規模の点では松本城は誇れません。

会津鶴ヶ城の天守閣、
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賊軍だった会津藩は、慶応4年の会津戦争で明治新政府軍によってボコボコにされ
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明治7年に石垣や立木以外の建造物は解体されました。
現在の建物は1965年に鉄筋コンクリート造で外観復興再建を遂げています。

内部は鉄筋コンクリート造らしい佇まい、
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京都守護職 松平容保も見たであろう会津の風景
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これは旧来の石垣に走る武者走り
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場内は歴史を知る博物館になっています。
会津城主の遍歴は面白い。
1384年、蘆名氏により築城、その後伊達政宗の時代までは黒川城と呼ばれ、蒲生氏郷、上杉景勝を経て
加藤氏、保科氏、保科氏から改名した会津松平家の統治時代には若松城と言われたそうです。

信州高遠藩主だった保科正之が山形藩主を経て会津の初代藩主になりましたが、高遠の蕎麦を会津に伝えたのも正之だったとか。
出石の皿蕎麦は小諸藩主だった仙石氏、会津蕎麦も信州の高遠由来とは面白いですね。

城内にある麟亭で一休み
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茶室も本格的、躙口
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ここで茶を喫したわけではありませんが、
抹茶を一服
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薯蕷饅頭が美味しかった!
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夕日に映える会津若松城
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そして今日のお宿は東山温泉「新瀧」
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この旅館には竹久夢二が何度も投宿、1934年に信州富士見町の療養所から出された末期の手紙では、もう一度新瀧の風呂に入りたいと書かれていたそうです。
またここの源泉には土方歳三も入ったとか、その源泉を引いた猿の湯(ピンボケですみません)
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にも入ってきましたが、温泉の泉質は抜群、今までの温泉の中でも秀逸でした。

会津には探訪動機が満載、温泉も良いのでまた来たいものです。





井出孫六氏を偲ぶ(私なりに)

10月8日、井出孫六氏が逝去されました。
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私にとっての井出孫六とは、私の信州百峠を決意させてくれた人。
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「信州百峠」、この本に出合ったのが最終的なきっかけです。

それではきっかけの元をたどっていくと、
①子供時代病弱な私は駆けっこはいつもビリ、そんな自分の裏返しとして早いものが好きになりました。
②最初は馬が好き、そのうちに自動車やバイクが好きになりました。
③16歳でバイクの免許、18歳で自動車免許を取って、自分で走らせるスピード感が、カーブでの遠心力がた  まらない魅力でした。
④自動車やバイクで走っているうちに、道から脇に伸びている間道に目が行き、この道はどこにつながってい  るのだろう? 通り抜けできるのかな? 
⑤実際に間道へ入ってみたり、地図を調べると思いがけないところへ出られたり、敗退することもたびたび。
⑥人類学や民族学、そして民俗学などに興味を持った私が出会った人が宮本常一
⑦その人の本で
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 「私の日本地図」を発見、その第1巻が「天竜川に沿って」、第2巻が「上高地付近」
 どちらも信州、昭和30年代の山深い信州を描いた本で、多くの峠とその果たしてきた役割が書かれていま  す。

そのあとに「信州百峠」と出会い、信州の峠に関する良い道標になるな! と購入し、実際にバイク(時には自動車)での探訪なりました。

井出孫六という名前は知っていましたが、もう一つ関連する見学をしていたことも思い出しました。
2年前の4月、中小企業家同友会の例会で佐久は臼田にある橘倉酒造へ見学に行きました。
ここは酒蔵でもあり、博物館でもありました。
写真が無いのでその際の案内を添付します。
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江戸から明治、そして大正、昭和に至る政治家や文人墨客の書などが満載です。
それだけでも見る価値は十分にありますが、この酒蔵が生家であったのが井出孫六でした。
また井出氏の兄は三木内閣の官房長官を担った井出一太郎氏、姉が教育評論家の丸岡秀子氏です。

またまた今回知ったのは、橘倉酒造では「峠」という蕎麦焼酎を作っているそうです。
そのラベルを揮毫したのが井出孫六氏。

私の信州百峠達成のお祝いにこの蕎麦焼酎「峠」を取り寄せて
井出氏の著書を読みながら
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乾杯したいものです。








浅間温泉たいまつ祭事

毎年恒例の浅間温泉たいまつ祭り。今年は10月10日(土)の予定でしたが、
去年は台風の影響で中止、そして今年もコロナ禍で中止になってしまいました。

しかし、梅の湯と同友会浅間部会が去年造ったたいまつを今年奉納しようと1年間取っておきました。
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2年続けて奉納できないのも申し訳ない、しかしたいまつ祭りはやらないが御神火の火おこしは実施するという情報があり、それではこのたいまつを燃やして奉納しよう、ということで御神火の点火式に参列することができました。

10日の夕方、御射神社脇の奉納場所へたいまつを安置、本殿へ登ります。
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外から見た本殿
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いよいよ点火式、ご神火用舞錐を用意し
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岡宮の神主様の前で舞錐を回し始めます。
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弥生時代からあるという舞錐、皆さん汗みずくになりますがなかなか着火しません。
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何人もが交代しながら回します。煙は出ても火は起こらず、真綿に火が移りません。
やっとの思いで点火、
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それを神前に奉納、祝詞をあげます。
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総代が榊を奉納し無事に神事が終了。
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いよいよ御神火をたいまつに
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暗闇の中たいまつに点火、
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大きく燃え盛るたいまつにコロナ禍退散、家内安全を祈りました。
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同行した民俗学者市東さんが持参の仏像にたいまつの煙をかざし清めました。
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今までたいまつを担いだことはあっても、ご神火の点火式に立ち会ったことはありませんでした。
舞錐にて火を起こすことも初めて見聞でき、貴重なひと時でした。




信州百峠(三国峠、十文字峠、大弛峠、信州峠、麦草峠)

今朝は海ノ口から川上村に入り、県道68号線を三国峠へと向かいます。
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白菜収穫の最盛期、アスファルトの道路も畑から出てきたトラクターの落とした土で滑りやすい。
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川上村最東端の梓山から左が三国峠、右が十文字峠です。
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この先が三国峠
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早々と通行止、
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かなり壊れた道です。ガソリンスタンドのお兄さんに聞いたところ、去年の台風までは通れたそうですが、ここも工事中。
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この林道には入らず、
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尚も進むと
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やはりここまで、
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三国峠(1740m)は一昨年に続いて行けませんでした。
三国峠


今度は梓山を右へ、見渡す限りの高原野菜畑
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ここを入ると十文字峠の駐車場へ
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駐車場には数台の車が、登山者が入っています。
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三国峠や十文字峠の位置関係
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ここを行けば十文字峠ですが、バイクではいけません。
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分かっていても一応峠の入り口に来たという証拠。

村を少し戻って、ここを右へ行けば大弛峠、ここも一昨年来ました。
その時は普通のスーパーカブで、
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峠の入り口、丁度ジムニーが2台出てきたので少しは行けるか? 
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事前に川上村役場に問い合わせたところ、大弛峠は昨年の台風で通行止めとのこと。
行けても大したことはないだろう、今までと同じく途中でストップさ。
ということで
白樺の落ち葉が舞う快適な道を
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そしてちょっとのダート。
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一昨年のカブは途中で3度もオーバーヒート、難儀しましたが。愛車のクロスカブはヘアピンカーブではローに落としてもそれ以外はセカンドで上ってくれます。
そのうちに体もなじんでリズムに乗ってきましたが、
ガレ場も出てきました。
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ジムニーも走っていたので安易にこの道へ入ってしまいました。実をいうと今までの峠のように途中に通行止めのゲートがあって、残念ながらこの先いけません! という言い訳を言えるかと思いましたが、どこまで行っても通行止めになりません。参ったな⁉
3分の2程来たところで体が限界。このまま峠に着いても帰りもえらい! と思案をしながらも上り続けます。
大石がゴロゴロ、熊も怖いしここで断念。
峠らしき稜線も見えてきたのに。
(平坦に見えますが、大きな岩や雨でえぐれた溝ばかり、ローギアでウンウン、エンジンの底を何度も打って、岩の角でパンクも心配の種は尽きません。)⇒言い訳です。
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大弛峠は(2360m)車が入れる峠としては日本最高所、もっと時間があれば、という言い訳を残して敗退です。
帰りの下り坂、リスや女鹿も道を横切って野趣満載、熊と会わなかったことは幸いでした。

舗装路に戻って、何と楽ちん、まるで天国。
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次は信州峠です。案内の通り左へ、トラクターの邪魔をしてしまいました。
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野菜畑の中の一本道を上っていきます。
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何とあっけなく信州峠(1464m)到着、山梨との県境です。
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国道141号線から国道299号線へ
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最後の峠=麦草峠へ、八千穂の入り口から23kmとありました。
メルヘン街道、標識に標高が書いてあります。ここが1200m。
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南牧村、昨晩泊まった所への分岐を右へ、
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樹海の向こうに素晴らしい眺望
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白駒の池、落ち着いて再訪したいですね。
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標高2100mを過ぎて
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麦草峠(2127m)到着。
大弛峠が車で越せる峠としては日本最高度の2360m、麦草峠は第3位で2127m、ちなみに第2位も長野と群馬の間にある渋峠2172mです。
今日一日で、日本第1位(未踏ですが)と第3位に行ったことになります。
しかし2000mを越える峠は寒い! あと1か月もすればこの峠も雪で閉鎖になるでしょう。
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茅野市街へ29km、早いところ温かい平地にたどり着きたい一心で急降下。
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三日間の峠探訪もこれで終わり。
今までバイクでの最高は1泊二日、三日連続は初めてですが、何とかなりました。
しかし大弛峠を最後まであきらめなかったら今頃ヘトヘトになっていたことでしょう。
一応自分の判断に満足というか甘んじて帰路へ着きます。
麦草峠


この日の走行距離は228km、所要時間は7時間30分でした。
ちなみに3日間で635km、総時間は22時間30分でした。

信州百峠を目指して1年半、今回の東信行で100の大台を突破。
全部で108の峠を走りました。
峠のこちら側の麓からあちら側の麓までを一気通貫したのは58か所、それ以外は峠の頂上までは行けたが向こう側へ行けなかったり、途中で通行止めや止め山によって中途で断念した峠もありました。
とりあえず初期の目標を達成したことで、これからの方向性を考えたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。











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