8月24日は久しぶりの爽やかな晴天、そして気温も快適とあっては峠探訪に出向かない手はありません!
しかし夕方から予定が入っているので身近なところで、なおかつ走っていない峠はないか!?
そして見つけたのが青木峠、何度か上田との行帰りに通ったことはありますが意識して走ることに意義があります。また隣の保福寺峠から修那羅峠(しゅならとうげ)は前回走ったので違うルートを探したい。
地図を見てみると、
松本市四賀から上田に抜ける青木峠、その近隣に地蔵峠と空峠(そらとうげ)の文字が飛び込んできました。
また帰り道として風越峠(かざこしとうげ)を選ぼう! と決定。
四賀の刈谷原トンネルを抜けて
国道143号線を上田方面へ
快適な広い国道も急につぼまって、
こんな感じの国道(酷道)に
四賀最東端の会吉(あいよし)集落にある旧松本電鉄の車庫
松本駅から以前はここまでバス路線が存在しましたが、現在は四賀地区のコミュニティバスが日に数本。
会吉トンネル、現在には珍しい片側通行、信号機があります。ここまでが松本市。
峠を抜けたところを左へ行くと林道大洞線(おおぼらせん)、今回はスルーします。
しばらく行くと左の麻績方面へ下る道もありますが左上部の上田方面へ、
ここも狭い明通(あけどおし)トンネル、この両トンネルとも1890年に出来上がったもの、国道にあるトンネルとしては全国で一番古いそうです。また会吉トンネルに設置されている信号機も国道としては貴重な存在です。
いずれにせよこのトンネルが開通したことで松本⇔上田間の交通が飛躍的に活発となりましたが、1976年三才山トンネルの開通で役割が終わったともいえます。
峠や道路の栄枯盛衰を身近に感じる出来事です。
とりあえず青木村の修那羅峠との分岐まで下ります。
そこで一服、今来た道を登り返すと、松本からの道にもありましたが、急に狭くなります。
先程の明通トンネルと会吉トンネルの間には地蔵峠への登り口があるはず?
ここではないか!?
地図によるとここから急傾斜を短距離登り、向こうへ下れば車道より近道で会吉へ出るはずです。
ちょっと戻って明通トンネルの直前を左へ行く道が四阿屋(あずまや)林道
鼻歌を歌いたくなる快適ダート。
ありました、空峠展望台!
快晴なら北アルプスの展望が期待できるロケーション。
尚も行くと分岐が
地図で見ると右かな? 行ってみましたが手ごわそうな下りのダート
不本意ながら左の道へ、それが大正解!
舗装路に変わり、丸山展望台、筑北村の西条が一望、篠ノ井線の電車が走っているのが俯瞰できました。
この林道の名前にもなっている四阿屋山登山口を通り過ぎ、
東山展望台からは高速長野道も見えます。
また魅力的な林道刈谷沢線
今回はスルーです。
何人か草刈り作業をしている方々に遭遇しました。人と会うとホッとします。
ところが通せんぼ!
幸いなことに通ったら閉めてくださいの案内、またまたホッとしました。
通せんぼを抜けてすぐの分岐を右へ、
四阿屋山をバックに走ります。今までの道は四阿屋山のすそ野を巻いていたことが分かります。
意外な展望、高原野菜畑、戦後に開かれた開拓地ということです。
青柳城に行きつきました。
その先のゲートを通り過ぎ
青柳城跡、櫓門も復元されています。
ここは以前に城主青柳氏の末裔の方に案内していただいたところ。
しかし林道四阿屋線はまだ続きます。
坂井方面へ伸びているようですが、またダート、それも手ごわそう!
何とか通れそうです、
車の轍も草に隠れて
行けそうですが、厳しい口調の看板があってここで断念。
この付近には風穴跡もあるようです。
坂北方面へ下ると碩水寺(せきすいじ)、
この裏山が青柳城址に続きます。山城としての大きな規模が覗えます。
坂北から西条へ、途中で見つけた刈谷沢方面
入り口と出口が分かったからにはここも次回のテーマです。
お昼休憩は「西条温泉とくら」で入浴とまではいかなくても昼食を、
鉄火丼をいただきました。食べてから写真撮影失念を思い出します。
近くのキャンプ場で恒例の昼寝をすると後の時間が詰まっています。
いよいよ帰路に、
風越峠からの展望も霞んでいますが、
風越トンネルを抜けて四賀へ、
そして国道143号線と合流、
今回の走りで青木峠、地蔵峠(入り口のみ)、空峠、そして風越峠を抜けました。
中でも四阿屋林道の快適さには参りました、見通しの良い季節には付近の林道ともども再チャレンジをしたいものです。
走破距離104km、所要時間は5時間05分でした。
しかし夕方から予定が入っているので身近なところで、なおかつ走っていない峠はないか!?
そして見つけたのが青木峠、何度か上田との行帰りに通ったことはありますが意識して走ることに意義があります。また隣の保福寺峠から修那羅峠(しゅならとうげ)は前回走ったので違うルートを探したい。
地図を見てみると、
松本市四賀から上田に抜ける青木峠、その近隣に地蔵峠と空峠(そらとうげ)の文字が飛び込んできました。
また帰り道として風越峠(かざこしとうげ)を選ぼう! と決定。
四賀の刈谷原トンネルを抜けて
国道143号線を上田方面へ
快適な広い国道も急につぼまって、
こんな感じの国道(酷道)に
四賀最東端の会吉(あいよし)集落にある旧松本電鉄の車庫
松本駅から以前はここまでバス路線が存在しましたが、現在は四賀地区のコミュニティバスが日に数本。
会吉トンネル、現在には珍しい片側通行、信号機があります。ここまでが松本市。
峠を抜けたところを左へ行くと林道大洞線(おおぼらせん)、今回はスルーします。
しばらく行くと左の麻績方面へ下る道もありますが左上部の上田方面へ、
ここも狭い明通(あけどおし)トンネル、この両トンネルとも1890年に出来上がったもの、国道にあるトンネルとしては全国で一番古いそうです。また会吉トンネルに設置されている信号機も国道としては貴重な存在です。
いずれにせよこのトンネルが開通したことで松本⇔上田間の交通が飛躍的に活発となりましたが、1976年三才山トンネルの開通で役割が終わったともいえます。
峠や道路の栄枯盛衰を身近に感じる出来事です。
とりあえず青木村の修那羅峠との分岐まで下ります。
そこで一服、今来た道を登り返すと、松本からの道にもありましたが、急に狭くなります。
先程の明通トンネルと会吉トンネルの間には地蔵峠への登り口があるはず?
ここではないか!?
地図によるとここから急傾斜を短距離登り、向こうへ下れば車道より近道で会吉へ出るはずです。
ちょっと戻って明通トンネルの直前を左へ行く道が四阿屋(あずまや)林道
鼻歌を歌いたくなる快適ダート。
ありました、空峠展望台!
快晴なら北アルプスの展望が期待できるロケーション。
尚も行くと分岐が
地図で見ると右かな? 行ってみましたが手ごわそうな下りのダート
不本意ながら左の道へ、それが大正解!
舗装路に変わり、丸山展望台、筑北村の西条が一望、篠ノ井線の電車が走っているのが俯瞰できました。
この林道の名前にもなっている四阿屋山登山口を通り過ぎ、
東山展望台からは高速長野道も見えます。
また魅力的な林道刈谷沢線
今回はスルーです。
何人か草刈り作業をしている方々に遭遇しました。人と会うとホッとします。
ところが通せんぼ!
幸いなことに通ったら閉めてくださいの案内、またまたホッとしました。
通せんぼを抜けてすぐの分岐を右へ、
四阿屋山をバックに走ります。今までの道は四阿屋山のすそ野を巻いていたことが分かります。
意外な展望、高原野菜畑、戦後に開かれた開拓地ということです。
青柳城に行きつきました。
その先のゲートを通り過ぎ
青柳城跡、櫓門も復元されています。
ここは以前に城主青柳氏の末裔の方に案内していただいたところ。
しかし林道四阿屋線はまだ続きます。
坂井方面へ伸びているようですが、またダート、それも手ごわそう!
何とか通れそうです、
車の轍も草に隠れて
行けそうですが、厳しい口調の看板があってここで断念。
この付近には風穴跡もあるようです。
坂北方面へ下ると碩水寺(せきすいじ)、
この裏山が青柳城址に続きます。山城としての大きな規模が覗えます。
坂北から西条へ、途中で見つけた刈谷沢方面
入り口と出口が分かったからにはここも次回のテーマです。
お昼休憩は「西条温泉とくら」で入浴とまではいかなくても昼食を、
鉄火丼をいただきました。食べてから写真撮影失念を思い出します。
近くのキャンプ場で恒例の昼寝をすると後の時間が詰まっています。
いよいよ帰路に、
風越峠からの展望も霞んでいますが、
風越トンネルを抜けて四賀へ、
そして国道143号線と合流、
今回の走りで青木峠、地蔵峠(入り口のみ)、空峠、そして風越峠を抜けました。
中でも四阿屋林道の快適さには参りました、見通しの良い季節には付近の林道ともども再チャレンジをしたいものです。
走破距離104km、所要時間は5時間05分でした。