2019年08月

信州百峠(青木峠、地蔵峠、空峠、林道四阿屋線、風越峠)

8月24日は久しぶりの爽やかな晴天、そして気温も快適とあっては峠探訪に出向かない手はありません!
しかし夕方から予定が入っているので身近なところで、なおかつ走っていない峠はないか!?
そして見つけたのが青木峠、何度か上田との行帰りに通ったことはありますが意識して走ることに意義があります。また隣の保福寺峠から修那羅峠(しゅならとうげ)は前回走ったので違うルートを探したい。
地図を見てみると、
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松本市四賀から上田に抜ける青木峠、その近隣に地蔵峠と空峠(そらとうげ)の文字が飛び込んできました。

また帰り道として風越峠(かざこしとうげ)を選ぼう! と決定。
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四賀の刈谷原トンネルを抜けて
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国道143号線を上田方面へ
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快適な広い国道も急につぼまって、
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こんな感じの国道(酷道)に
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四賀最東端の会吉(あいよし)集落にある旧松本電鉄の車庫
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松本駅から以前はここまでバス路線が存在しましたが、現在は四賀地区のコミュニティバスが日に数本。

会吉トンネル、現在には珍しい片側通行、信号機があります。ここまでが松本市。
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峠を抜けたところを左へ行くと林道大洞線(おおぼらせん)、今回はスルーします。
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しばらく行くと左の麻績方面へ下る道もありますが左上部の上田方面へ、
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ここも狭い明通(あけどおし)トンネル、この両トンネルとも1890年に出来上がったもの、国道にあるトンネルとしては全国で一番古いそうです。また会吉トンネルに設置されている信号機も国道としては貴重な存在です。
いずれにせよこのトンネルが開通したことで松本⇔上田間の交通が飛躍的に活発となりましたが、1976年三才山トンネルの開通で役割が終わったともいえます。
峠や道路の栄枯盛衰を身近に感じる出来事です。
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とりあえず青木村の修那羅峠との分岐まで下ります。
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そこで一服、今来た道を登り返すと、松本からの道にもありましたが、急に狭くなります。
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先程の明通トンネルと会吉トンネルの間には地蔵峠への登り口があるはず?
ここではないか!?
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地図によるとここから急傾斜を短距離登り、向こうへ下れば車道より近道で会吉へ出るはずです。

ちょっと戻って明通トンネルの直前を左へ行く道が四阿屋(あずまや)林道
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鼻歌を歌いたくなる快適ダート。
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ありました、空峠展望台!
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快晴なら北アルプスの展望が期待できるロケーション。
尚も行くと分岐が
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地図で見ると右かな?  行ってみましたが手ごわそうな下りのダート
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不本意ながら左の道へ、それが大正解!
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舗装路に変わり、丸山展望台、筑北村の西条が一望、篠ノ井線の電車が走っているのが俯瞰できました。
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この林道の名前にもなっている四阿屋山登山口を通り過ぎ、
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東山展望台からは高速長野道も見えます。
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また魅力的な林道刈谷沢線
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今回はスルーです。
何人か草刈り作業をしている方々に遭遇しました。人と会うとホッとします。
ところが通せんぼ!
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幸いなことに通ったら閉めてくださいの案内、またまたホッとしました。
通せんぼを抜けてすぐの分岐を右へ、
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四阿屋山をバックに走ります。今までの道は四阿屋山のすそ野を巻いていたことが分かります。
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意外な展望、高原野菜畑、戦後に開かれた開拓地ということです。
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青柳城に行きつきました。
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その先のゲートを通り過ぎ
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青柳城跡、櫓門も復元されています。
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ここは以前に城主青柳氏の末裔の方に案内していただいたところ。

しかし林道四阿屋線はまだ続きます。
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坂井方面へ伸びているようですが、またダート、それも手ごわそう!
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何とか通れそうです、
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車の轍も草に隠れて
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行けそうですが、厳しい口調の看板があってここで断念。
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この付近には風穴跡もあるようです。

坂北方面へ下ると碩水寺(せきすいじ)、
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この裏山が青柳城址に続きます。山城としての大きな規模が覗えます。
坂北から西条へ、途中で見つけた刈谷沢方面
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入り口と出口が分かったからにはここも次回のテーマです。

お昼休憩は「西条温泉とくら」で入浴とまではいかなくても昼食を、
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鉄火丼をいただきました。食べてから写真撮影失念を思い出します。
近くのキャンプ場で恒例の昼寝をすると後の時間が詰まっています。
いよいよ帰路に、
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風越峠からの展望も霞んでいますが、
風越トンネルを抜けて四賀へ、
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そして国道143号線と合流、
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今回の走りで青木峠、地蔵峠(入り口のみ)、空峠、そして風越峠を抜けました。
中でも四阿屋林道の快適さには参りました、見通しの良い季節には付近の林道ともども再チャレンジをしたいものです。

走破距離104km、所要時間は5時間05分でした。










信州百峠(林道栗の木線、宮ノ入線、高遠線)

梅雨の天候不順とその後の夏の高温にめげて1か月以上峠走破を怠っていました。
それではこのブログが続かないと、近間で宿題になっていた場所を狙って行動開始したのが8月12日。
松本市中山の埴原から分岐している林道宮ノ入線へ向かいます。

林道入り口の手前に設置されていた看板「埴原牧跡」
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奈良から平安にかけて東国に32牧置かれた官牧=御牧のうち半分の16牧が信州にあったそうです。そういえば信州には御牧村という地名もありますね。
ここは千石原とも言い、千石繋飼場跡とも言われます。
思い出しますが、わが社が30年以上前に売り出した地鶏がここ千石原で飼われていて、ブランド名を「千石原コーチン」と名乗っていました。

埴原の牧を過ぎてすぐを左折すると、
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林道宮ノ入線入り口、そこから少し行った右側に
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林道栗の木線のダートが、
ありました! 鳥獣防護柵、ここを通り抜けるときは緊張感と期待に胸が高鳴ります!
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思いがけない良質なダートです。
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開けたところに出ると、損保ジャパン日本興亜寿の森林、とあります。
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その左手に開道記念碑が、
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昭和54年3月と掘ってあります。

尚も行くと「通り抜けできません」の看板が!
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この林道栗の木線、以前ネットで調べたところ途中が土砂崩落で通り抜けができないと書いてありました。この道を行けば鉢伏山の稜線にたどり着くはずですが結果は如何に?
沢の橋を渡り、
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少々走り辛くなってきました。
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そして山の合間に松本平
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やっぱりありました!
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土砂崩落、その先を見てみると
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なんとか行けそうですが、バイクを担いでこの倒木は越せません。
鉢伏の稜線は近くに見えますがここで断念。
林道入り口から約5,5km、予想以上に快適な林道でしたが、峠制覇には至りませんでした。

振出しに戻って林道宮ノ入線に入ります。
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この道は舗装路、快適に飛ばせます。
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途中に魅惑的な分岐が
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林道水尾線、地図を取り出し調べたところ、宮ノ入線とほとんど平行に走って少し上で合流します。それでは意味がないので本線を行きます。

峠に出ました。右へ行くと5月17日に行った入山辺の大和合、左が今日の進路「林道高遠線」
大和合への道はお盆明けから年末まで工事のため通行できないと書いてありました。
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峠で昼食、今回もコンビニおにぎり。
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食べた後しばらく横にならないと行動できないのが私の宿命、この分岐のど真ん中で横になりましたが、アブがまとわりついて煩いこと! 5分ほどで起き上がって出発、

しばらくは栗の木線と同じく快適なダート、
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送電線の真下を通り
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尚も行くと、一見快適そうなダートですが、
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砂利の厚いところと薄いところが混然一体で車輪を取られます。注意しないとあらぬ方向へ!
そのうちに舗装路
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また悪路! そんなこんなの繰り返し、
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市街地を遠望
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千鹿頭公園への道を発見
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やっと防護柵にたどり着きました
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この谷間が「大嵩崎集落」、小笠原氏の居城林城、右の山が大城、左が小城
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左へ曲がると林道大嵩崎線、
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行きたかったのですが、昼の短い休憩と下りの長いダートの影響でお腹が変調!

大城、小城の案内看板
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ここも素通りして一路向かうはコンビニのトイレ

ホッとしてから來住方を遠望
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左の丸い山が大城、右が小城、そしてその間に聳えるのが高遠山、あの山の右稜線から降りてきたのです。
昼食の峠から麓までの林道鷹遠線が約9km、手入れはされているが下りはきつい! 今度は登りを楽しみたいと思いました。

ここで先程素通りした林城について
小笠原氏は、小笠原貞宗が建武元年(1334)信濃守護職に任命されて府中(松本)の井川に城館を築きます。その後1446年飯田の小笠原氏との家督争いの中で、より堅牢な現地に林城として移り、大城、小城を建設しましたが、天文19年(1550)に武田信玄の侵攻によって自落してしまいました。
現在林城は大城、小城共に国の史跡として認定され、市民のトレッキングルートとしても喜ばれている。
大城は別名金華山城、小城は福山城とも言われています。

朝10時20分に自宅を出て帰宅が13時20分、走行距離はたったの46kmでした。












暑中閑話

8月3~4日、乗鞍へ行ってきました。
私は乗鞍の三本滝まで車で行ったことはあるものの、その先は交通規制がかかり自家用車は入れません。シャトルバスで登るなんて?! ばかばかしいと思い食指が動かないできましたが、温泉に行きたいという奥様の要望で乗鞍温泉に泊まったついでに行こうか!ということになりました。

乗鞍観光センターから往復5000円也の乗車券を購入していざ乗鞍岳へ
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9時出発の便はバス5台、200人ほどでしょうか。
夏の真っ盛り、最小限の雪渓でも元気に夏スキー、
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日本で最高高度にあるバス停
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を過ぎて畳平へ
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100円也の有料トイレで体調を整え、さてどこまで行こうか!?
最高峰の剣ヶ峰までは1時間半、ちょっときついかな?
まずは目の前にそそり立つ?魔王岳2763m、バス停の標高が2702m、標高差61mなんてわけがない。
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登ってみましたが空気が薄い! 呼吸が楽ではありません。
でもコマクサも最盛期、
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15分の旅程と案内には書いてありましたが少しきつい!
でも山頂へ、北アルプス方面は残念ながらもやがかかっていました。
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振り返って剣ヶ峰は彼方に、
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さすがに行くことを断念、

頂上から見る道路の分岐、
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左へ行くと岐阜県の平湯へ続く乗鞍スカイライン、右上から来るのが今来た乗鞍エコーライン、日本最高高度のバス停付近です。そして手前が畳平。
岐阜県からのルートは戦中に軍の要望で、軍用機のエンジンを高度の高いところで試験するために開削されたということです。
どうせなら富士山頂でやったら?とも思いますが、3000mの高度差、重い航空機用エンジンを担ぎ上げることは容易ではなかったのか?
そこへいくとここの立地は、昭和13年に中の湯⇔平湯間の道路が開通、そして昭和16年、陸軍航空本部が航空エンジンの高地実験施設を畳平に建設と決定、昭和17年、幅員3,6m、延長約15kmの道路が完成という歴史が乗鞍スカイライン誕生秘話。
乗鞍エコーラインはそれよりも遅く、昭和39年に開通、平成15年より車両規制によりシャトルバスやタクシーのみが入山できます。

結局、魔王岳制覇?のみ、約1時間で下山、
帰りに三本滝上部から見えた山並みは、
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私が目指す見晴峠か!?
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多分、あの最も低いところが見晴峠、以前来た時に発見できなかった登り口、今日は峠の入り口を探しましょう!
幸いながら見晴峠と、番所から登る檜峠の入り口らしきところを確認して今回の旅を終えました。





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