信州百峠(58)(万治峠、新地蔵峠、象山記念館、松代象山地下壕) 2021年05月12日16:22 

5月4日も快晴、上山田から千曲川沿いにちょっと行くと八王子山
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今では川沿いをスイスイ行けちゃう道ですが、
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明治11年にこの県道ができる前はこの山を越えて(万治峠)行き来をしていたのです。
八王子山二態、この橋=大正橋から見た八王子山
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一つ上流の万葉橋からの八王子山
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大正橋たもとの佐良志奈神社、
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車幅ギリギリのこんな道を上っていくと
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千曲川の風景が展開
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しかしここから道幅が半端なく狭くなります、コーナーも回り切れない。
そこで撤退、そこにあった枯れ木には
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こんな峠の謂れが書いてありました。
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ここまで来たからには行きたいところが松代大本営地下壕、
まずは象山記念館、
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佐久間象山、幕末の開国論者で勝海舟や坂本龍馬、吉田松陰などに大きな影響を与えた松代藩士です。ここには彼が考案した電気治療器なども展示されています。
ここに車を駐車したまま地下壕へ行っても良いよ、と学芸員さんの配慮が嬉しい。
何しろ見学者は私ともう一人、コロナ禍とあって見学者も少ないとは悲しいです。
象山神社、
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この山の名前から佐久間象山の諱が生まれたとか。

参道にあった弁当屋さん、しんこきゅう(心幸食)松代象山店
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見学後にここで昼の弁当をゲット、700円(税別)体に優しそうな弁当です。
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松代象山地下壕
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追悼平和祈念碑
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松代象山地下壕の案内、入れるのはごく一部です。
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地下壕入り口
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ヘルメットが必須、手掘りの荒々しいトンネルです。
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進入禁止の横穴
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トロッコの枕木跡
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抜けなくなった削岩機のロッド
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など、これだけで片道500m、内部は思ったより管理されていて湧水もなく快適でした。

外へ出て、「もうひとつの歴史館松代」、入館料200円。
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学芸員さんが丁寧に説明してくれます。
私はここだけが地下壕だと思っていましたが、松代から須坂にかけて多くの地下壕を掘ったそうです。象山地下壕は主に放送関係、現在気象庁松代地震観測所がある舞鶴山には大本営や宮内省、天皇皇后御座所が1944年から終戦までに、延長10kmに及ぶシェルターとして掘られました。
そのために6000人ともいわれる朝鮮人が動員されました。
松代と言えば思い出すのが松代群発地震、私が中学生だった時ですが、そんな地震で長期にわたって揺れても元を留めている地下壕、戦時にこのような政府中枢を入れることができる場所を作ったということは岩盤が強固だったからです。

地蔵峠へ県道35号線を
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道幅は広いがかなりの高低差があります。
新地蔵峠、地蔵峠食堂は廃品処理の山でした。
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旧来の地蔵峠は手前を右へ行くようですが、
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新地蔵峠だけで満足してしまい、かえって食堂裏の林道山の神線が気になります。
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廃品処理のおじさんに聞いたところここからは大本営地下壕のあった舞鶴山へ出られるとか、バイクなら可能そうです。

買った弁当を食すため十福の湯駐車場を拝借、
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その後は上田市の真田から上山田温泉に戻り、麻績、坂北方面へ
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坂上トンネルを抜け、
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トンネル上の林道に入ってみましたが通行止め
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旧道、峠には出られません。
そこで今日は終了、おとなしく帰りました。

2日間の走行距離は273kmでした。









信州百峠(57)(中の峠、切通、三和峠、聖峠、鳥坂(とっさか)峠、宮坂峠) 2021年05月10日11:39 

前週に引き続き、5月3日~4日は快晴の予報。
今回は麻績から千曲市方面の峠を目指します。
麻績へ行くなら高速で麻績インターまで、というルートもありますが、どうせなら以前通った峠も越えながら一般道で行くのが筋でしょう。

松本市四賀の会田宿から花川原峠を目指します。
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その途次には立峠への登り口
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前回の岩井堂峠に続いてここにも岩井堂観音があります。
調べたら岩井堂観音は青梅や飯能にもあるそうです。浅草観音のルーツという説もあるそうな。
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何回も通った道だから大丈夫、と思っていましたが、
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倒木が道をふさぎます。
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ギリギリ路肩をかわして通り抜けられました。ホッ!

花川原峠(996,7m)、切通が印象的な峠です。
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立峠からの下り口、
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案内板を見ると、古い峠(立峠)は直線的に、新しい峠(花川原峠)は迂回したルートでということが分かります。現代の峠はもっと大きく迂回したり、トンネルや橋で抜け、よりスピードがでるようになってきたことが分かります。

西条の乱橋に出ます。この先を直線で行くのが善光寺街道の旧道のようです。
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案内も出ています。
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調べてみるとこの先が中ノ峠、標高差は大したことが無いようです。
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中ノ峠?に出ました。馬頭観音があります。
少し下ると馬の水吞場
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二又になった道を右へ
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善光寺街道=北国西街道の碑
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これが旧道か⁉
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JRに沿って右上から来てV字に左へ、
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青柳宿(坂北)へと続くようですが、途中を省略して県道を青柳宿へ、
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昭和町から青柳宿へと右折します。
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青柳宿、歴史の散歩道
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ここも旧宿場町、それ以前の戦国時代には青柳城の城下町だったところ。
急坂の家並みは敷地も狭く、急傾斜だったため石垣で水路を作りその上に屋敷を立てていました。
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本陣青柳氏邸、ここ青柳さんは以前わが社にも勤めておられ、坂北村最後の村長も務められた方。
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ここまでは来たこともありましたが、この先の切通は未体験。
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大切通、天正8年に青柳氏によって開削されたとか、
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石のみの跡もクッキリ
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この道も直線的な古道の作法に沿っています。

国道403号線に出て聖湖へ、
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峠の途中には「大峠?」
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お仙の茶屋跡の裏には旧道も、
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聖高原へ出ました。地図ではここを左へ行くと新しい峠へと出ます。
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このような舗装路でした。
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三和峠(1200m)、ここからは千曲市。
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猿ヶ馬場峠から三和峠、聖峠と稜線上に並んでいます。
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樹齢250~300年の巨大ブナ
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そして長野市大岡に
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道を左へ左へと行くと
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別荘地に出ます。
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そこで散歩されていた人に聖峠は? と聞くと、丁寧に教えてくれましたが、舗装されていない道が錯綜、迷った末に聖峠へたどり着きました。
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古道の雰囲気、証拠になるもの何もなし。
でも少し下ったところに「聖峠」の案内板がありました。
距離的にも間違いなし。
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樋知(ひじり)大神社もありました。
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そこからは道に沿って下るのみ。
千曲、篠井方面へ、次に狙うのは鳥坂(とっさか)峠。
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地図上では稲荷山の駅付近、
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駅に到着、ちょうど昼時ですが周辺に飲食店は見当たらず、
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2kmほど行ったところでやっと1軒、居酒屋でランチをやっていました。
満員でちょっと待った後、カウンターで資料を見ていると、うらやましい昼酒をしているオジサンから声を掛けられ、「何の本?」 「峠の本だよ」 と言ったところ、「峠か⁉ 良いなぁ! 学者さんかと思ったよ」 などと盛んに話しかけてきてくれて、恐縮するやら面白いやら。
おかげでランチを撮るのを忘れてしまいました。

駅の先の踏切を渡り左折、
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バッチリ! 鳥坂峠の案内板を見つけました。
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ここを左折です。
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地図ではこんな感じ、
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およよ狭い! たじろいでいると軽できた地元の人が「狭いしこの先行けないよ、迂回路で行ったら⁉」 と言ったと思ったらどんどん入り込んでいきます。
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地元の人のアドバイスには従わないと、ということで迂回路を左へ
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難なく峠か?
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一応峠クリアしたことに、案内板は立派だったけど、峠の上には何も標識なし、本当にここ?
次回来るときはバイクで、地元の人が突っ込んでいった道を確かめに行ってみたい。

稲荷山に戻り、千曲橋を千曲市方面へ
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屋代駅からあんずの里森を目指します。
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森将軍塚古墳を過ぎて右へ行くとあんずの里森
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ここから宮坂峠への道があるはず、川沿いに入っていきます。
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林道芝平樽滝線、熊に注意の看板が頻繁に出てきます。
すれ違いができない林道ですが、舗装はまずまず、奥へ奥へと突っ込みます。
女陰の滝、意味深な滝です。
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女性の神秘を現した滝、この滝に打たれると恋人が現れるとのことです。
(後で地図を確認したところ、女陰の滝は宮坂峠とは方向違い、より奥まで来てしまいました。)

そして峠、鏡台山などへの登山口らしい。
坂城方面へも下りられます。
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何気なく見た看板には葛尾城、村上義清のお城ではありませんか!
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ここからかなり歩かないといけないような、看板を横目で見ながら坂城の町へ。

坂城町は国道で通り抜けてばかり、街中や駅には初めて入ります。
坂城駅前マップ、坂城宿ふるさと歴史館へ行こう。
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坂城宿ふるさと歴史館
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本陣だった建物。
ここでは村上義清が一番の売り。
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武田信玄を二度まで打ち破った男、という打ち出しです。
実際、夜に訪れた上山田の焼鳥屋の店主も、地元の英雄は村上義清と言っていました。

ここにもあった北国街道図
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耳慣れない宿場をアピールしていました=鼠宿、
そこで、行ってみました北国街道鼠宿跡
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上田と坂城が幕府公認の本宿で、その間にあった鼠宿は松代藩が設けた私宿という位置づけ。
今では国道18号線が走り、交通の要衝になっていますが、その昔は千曲川に虚空蔵山が張り出した地形で通行困難。この付近には一見拓けていても通り抜けられない地形が随所に、村上義清の居城葛尾城址も同じです。

今日は上山田温泉泊、ホテルプラトン、ビジネスホテルタイプの宿です。
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ということで、夜は街のやきとり屋へ。
きちんとしたやきとりを出してくれました。
創業以来30年、戸倉上山田温泉自体の地盤沈下もありますがコロナの影響が輪をかけているそうです。
創業当時は観光バスが数珠つなぎ、夜の街にも活気があったとは、私の地元浅間温泉も同じでした。
〆のラーメンをいただき、
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上山田の街をそぞろ歩きで帰りましたが、ジャケットを忘れてきたのを店主が後を追って届けてくれました。
ありがとう!












信州百峠(56)(大望峠、柳沢峠、夫婦岩越、大洞(おおどう)峠、地蔵峠、岩井堂峠) 2021年05月07日17:08 

4月27日、戸隠の朝は爽やか、空には一片の雲もありません。
戸隠は7年に一度の式年大祭、令和最初の岩戸開きということで、混雑を覚悟していましたが、宿の泊り客は私一人、そのうえ「清明(さやけ)クーポン」=式年大祭協賛クーポンなるものまでいただいて計1000円分=飲み物代が助かってしまいました。
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宿近くのスキー場から戸隠連峰を見渡します
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奥宮も朝ということもありますが、コロナの影響でしょう一人も目に入りません。
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祭りのしめ縄が寂しそうです。

鏡池からの戸隠
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今日は鬼無里から小川村、中条あたりを徹底的に回る予定です。

式年大祭の飾りつけも華やかな宝光社、
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戸隠神社信仰遺跡です。
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いざ鬼無里へ、
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県道36号線を行きます。
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戸隠と鬼無里の境大望峠、
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パノラマ図には今日行きたい大洞峠も、
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名前の通り大望が望めます。
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鬼無里に降りて
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松厳禅寺、鬼女の伝説に関係があるそうです。
鬼無里ふるさと資料館に入ります。
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鬼無里に伝わる神社の屋台、盛んな時には7台あったそうですが、現存は4台、
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見事な一木彫りのすかし彫り、
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北村喜代松という彫師とその弟子が遺した遺産です。
また鬼無里は麻の栽培と生産が村を支えていました。
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我々がイメージする鬼無里とは、山の奥の更に山奥、信州の最果てと思いますが、近代にいたるまでは祭りの屋台といえ経済力といえ相当なものがあったようです。

現在鬼無里と言えば「いろは堂」のおやき、今日は休業でした。
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鬼無里から白馬へ抜ける国道406号線を進みます。
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田乃頭という集落で、峠があるという情報はありましたが、かなり前に廃道になり無理だろう、と思っていた柳沢峠の表示を発見、
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これは行かなくちゃ! と進みますが、
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500mほどで通行止めでした。

次に向かう夫婦越が鬼無里と白馬の境界と思っていたら小川村?
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そして白馬村?
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そして白沢洞門、この上が夫婦越です。
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この写真は洞門の上から撮ったものか?
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そして洞門を抜けると素晴らしい景観が、
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トンネルの壁が額縁のようです。

正面には五竜岳、そして武田菱の雪形が鮮明に浮き出ています。
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白馬側へ少し降りたところでUターン、鬼無里へ戻り県道36号線を小川村へ、
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結構な急坂です、勾配11%。
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小川村境
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ここが大洞峠? もう少し行くと景観が広がります。
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小川アルプスライン頂上、ここが大洞峠のようです。

左中条方面、地図上では岩井堂峠はこっちの方角、
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その前に高山寺の三重塔を参拝
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三重塔は本と同じ
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また中条方面へ、県道401号線(小川長野線)を行き、薬師洞窟の案内
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を過ぎたところで「腹減った! 気づいたら12時半」 まだ11時頃の感覚でいましたから「昼飯はどうしよう?」
この先で飲食店は望めません、コンビニも山を下りなければありそうもない、アルプスライン頂上周辺も泊り客以外はダメ。

鬼無里まで戻らないと、残念、しかし鬼無里への下り道では戸隠連峰がそそり立って景観です。
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ふるさと資料館の隣、ホワイトタイムにて味噌ラーメンの昼食。
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食後にルートを再検討、岩井堂峠から地蔵峠へ回る予定でしたが、地図で見ると地蔵峠への道は県道表示です。ということはまず地蔵峠を越えて岩井堂峠へアプローチするほうがスムーズか⁉
ということで国道406号線を戸隠祖山まで、
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国道をV字に上がっていくのが県道86号線(戸隠篠ノ井線)、平出の集落を過ぎ、
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地蔵峠の表示が、
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ありました地蔵峠、右へ降りれば中条です。
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峠の上にある石碑に目が行きます。
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「官有地払戻記念碑」 中世以来、このあたりは住民の入会地(共有地)だったが、明治になり地租改正の際、時の戸長が誤って官有地と誤記してしまったため入会権を失ってしまいました。その後地元民の粘り強い運動で明治36年に再び入会地として認められた記念碑です。
地元民の心情を思うと、碑を建てて後世に伝えたいという気持ちが理解できます。

地蔵峠から岩井堂峠周辺の地図
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昔の岩井堂峠への道
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ここまでは県道でしたから何とか来れましたが、この後が面倒そうです。
細い道が錯綜、地形も複雑、集落の名前を手掛かりに右往左往しましょうか。

市場?
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県道401号線?
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橋詰?
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大久保?
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大平風穴?
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風穴です。
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遠見?
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大崩?
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梅木?
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古屋敷、どうやらここを上れば良さそうか?
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ここを右へ
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あった! 岩井堂峠
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その先にあった岩井堂観音
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私は峠にたどり着くに精一杯、その後下ってくる車があって「ホッ」、この先も峠までは行けますが、鬼無里側へは降りれないそうです。 目途が立って勇気百倍で上っていくと
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峠に着きました。 ここは虫倉山、鬼無里との境です。
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やっと今日のノルマを果たし、麓へ降ります、しかしここの道は再訪しようにも無理!
複雑すぎます、中条から東の七二会にかけては道が錯綜し、その上地形も傾斜も半端ない!
今までの峠訪問で一番複雑怪奇な地域でした。
しかし、山の南面に面し、小さな集落が点在しているということは、それだけ物なりの良い豊かな土地でしょう。

中条から小川村、国道19号線が信州新町で工事中のため、県道を今日の宿へ大回り。
そうしたらここも峠か?
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峰街道、越道とあります。
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峠にはカウントしませんが、数多くの峠を見てくると、峠の風情が分かってきますね。

今日の宿「さぎり荘」、ジンギスカンが有名な宿ですが、
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松本清張の小説「乱雲」にも取り上げられているそうです。
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