信州百峠(56)(大望峠、柳沢峠、夫婦岩越、大洞(おおどう)峠、地蔵峠、岩井堂峠) 2021年05月07日17:08 

4月27日、戸隠の朝は爽やか、空には一片の雲もありません。
戸隠は7年に一度の式年大祭、令和最初の岩戸開きということで、混雑を覚悟していましたが、宿の泊り客は私一人、そのうえ「清明(さやけ)クーポン」=式年大祭協賛クーポンなるものまでいただいて計1000円分=飲み物代が助かってしまいました。
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宿近くのスキー場から戸隠連峰を見渡します
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奥宮も朝ということもありますが、コロナの影響でしょう一人も目に入りません。
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祭りのしめ縄が寂しそうです。

鏡池からの戸隠
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今日は鬼無里から小川村、中条あたりを徹底的に回る予定です。

式年大祭の飾りつけも華やかな宝光社、
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戸隠神社信仰遺跡です。
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いざ鬼無里へ、
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県道36号線を行きます。
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戸隠と鬼無里の境大望峠、
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パノラマ図には今日行きたい大洞峠も、
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名前の通り大望が望めます。
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鬼無里に降りて
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松厳禅寺、鬼女の伝説に関係があるそうです。
鬼無里ふるさと資料館に入ります。
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鬼無里に伝わる神社の屋台、盛んな時には7台あったそうですが、現存は4台、
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見事な一木彫りのすかし彫り、
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北村喜代松という彫師とその弟子が遺した遺産です。
また鬼無里は麻の栽培と生産が村を支えていました。
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我々がイメージする鬼無里とは、山の奥の更に山奥、信州の最果てと思いますが、近代にいたるまでは祭りの屋台といえ経済力といえ相当なものがあったようです。

現在鬼無里と言えば「いろは堂」のおやき、今日は休業でした。
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鬼無里から白馬へ抜ける国道406号線を進みます。
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田乃頭という集落で、峠があるという情報はありましたが、かなり前に廃道になり無理だろう、と思っていた柳沢峠の表示を発見、
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これは行かなくちゃ! と進みますが、
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500mほどで通行止めでした。

次に向かう夫婦越が鬼無里と白馬の境界と思っていたら小川村?
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そして白馬村?
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そして白沢洞門、この上が夫婦越です。
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この写真は洞門の上から撮ったものか?
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そして洞門を抜けると素晴らしい景観が、
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トンネルの壁が額縁のようです。

正面には五竜岳、そして武田菱の雪形が鮮明に浮き出ています。
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白馬側へ少し降りたところでUターン、鬼無里へ戻り県道36号線を小川村へ、
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結構な急坂です、勾配11%。
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小川村境
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ここが大洞峠? もう少し行くと景観が広がります。
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小川アルプスライン頂上、ここが大洞峠のようです。

左中条方面、地図上では岩井堂峠はこっちの方角、
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その前に高山寺の三重塔を参拝
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三重塔は本と同じ
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また中条方面へ、県道401号線(小川長野線)を行き、薬師洞窟の案内
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を過ぎたところで「腹減った! 気づいたら12時半」 まだ11時頃の感覚でいましたから「昼飯はどうしよう?」
この先で飲食店は望めません、コンビニも山を下りなければありそうもない、アルプスライン頂上周辺も泊り客以外はダメ。

鬼無里まで戻らないと、残念、しかし鬼無里への下り道では戸隠連峰がそそり立って景観です。
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ふるさと資料館の隣、ホワイトタイムにて味噌ラーメンの昼食。
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食後にルートを再検討、岩井堂峠から地蔵峠へ回る予定でしたが、地図で見ると地蔵峠への道は県道表示です。ということはまず地蔵峠を越えて岩井堂峠へアプローチするほうがスムーズか⁉
ということで国道406号線を戸隠祖山まで、
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国道をV字に上がっていくのが県道86号線(戸隠篠ノ井線)、平出の集落を過ぎ、
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地蔵峠の表示が、
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ありました地蔵峠、右へ降りれば中条です。
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峠の上にある石碑に目が行きます。
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「官有地払戻記念碑」 中世以来、このあたりは住民の入会地(共有地)だったが、明治になり地租改正の際、時の戸長が誤って官有地と誤記してしまったため入会権を失ってしまいました。その後地元民の粘り強い運動で明治36年に再び入会地として認められた記念碑です。
地元民の心情を思うと、碑を建てて後世に伝えたいという気持ちが理解できます。

地蔵峠から岩井堂峠周辺の地図
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昔の岩井堂峠への道
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ここまでは県道でしたから何とか来れましたが、この後が面倒そうです。
細い道が錯綜、地形も複雑、集落の名前を手掛かりに右往左往しましょうか。

市場?
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県道401号線?
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橋詰?
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大久保?
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大平風穴?
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風穴です。
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遠見?
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大崩?
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梅木?
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古屋敷、どうやらここを上れば良さそうか?
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ここを右へ
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あった! 岩井堂峠
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その先にあった岩井堂観音
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私は峠にたどり着くに精一杯、その後下ってくる車があって「ホッ」、この先も峠までは行けますが、鬼無里側へは降りれないそうです。 目途が立って勇気百倍で上っていくと
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峠に着きました。 ここは虫倉山、鬼無里との境です。
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やっと今日のノルマを果たし、麓へ降ります、しかしここの道は再訪しようにも無理!
複雑すぎます、中条から東の七二会にかけては道が錯綜し、その上地形も傾斜も半端ない!
今までの峠訪問で一番複雑怪奇な地域でした。
しかし、山の南面に面し、小さな集落が点在しているということは、それだけ物なりの良い豊かな土地でしょう。

中条から小川村、国道19号線が信州新町で工事中のため、県道を今日の宿へ大回り。
そうしたらここも峠か?
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峰街道、越道とあります。
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峠にはカウントしませんが、数多くの峠を見てくると、峠の風情が分かってきますね。

今日の宿「さぎり荘」、ジンギスカンが有名な宿ですが、
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松本清張の小説「乱雲」にも取り上げられているそうです。
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信州百峠(55)(古海峠、野尻坂峠、越水ヶ原峠、一の鳥居峠、坂中峠、戸隠の夜) 2021年05月02日12:51 

4月26日。
平日ですが、今日、明日の予定がコロナの影響でキャンセルになったこと、天気予報が快適な旅を約束してくれたことが相まって、急遽信州百峠に予定を変えました! 連泊ができそうです。
未だに未踏の地は、北信五岳の周辺と志賀高原から浅間山までの東北信ですが、前回下見に行った渋温泉から上は通行止めの区間も多く、東北信の山々は雪の影響もあってもう少し暖かくなってからにしましょう。

今日の宿を戸隠に、明日は信州新町と決めて出発。
後立山連峰もくっきり見渡せる絶好のドライブ日和、長野道を信州最北端の信濃町ICまで、
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黒姫野尻湖PAからは妙高山
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ICを降りて国道18号線に合流、
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野尻湖畔を左、古海へと向かいます。
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最初に向かうのは古海峠、野尻坂峠です。
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野尻湖畔を北に巻き左折します。
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長範山を越すと古海、
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右折して山中へ入り込み
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上ったところが古海トンネル
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私の教本にもこのトンネルが出ていました。
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トンネルの上が古海峠(727m)、そこを抜けると野尻湖が一望に
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同じ道(県道96号線)を逆へ進めば
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かなりの急坂を下ると、新潟県妙高市。
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不確かながらこの道が野尻坂峠のようです。

下ればすぐに妙高高原駅、駅の近くには先日も出会った第一スーパー。
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駅前の観光案内所で情報収集、野尻坂峠の正確な位置を確定したい!
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でも係りの方は???、 県境に「道の歴史情報館」というのがあるから、そこの館長さんに聞いてください。
という願ってもないアドバイスをいただきました、何といっても道の歴史ですから。
妙高山がそそり立つ妙高高原ICの手前を左折
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「関川関所」を目指します。
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関所前の橋が県境の橋、
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本に出ていた橋そのままです。
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そこにあるのが関川関所。
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何で? 金さん銀さんの銅像?
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館長さんに聞いたところ、ここにかかる橋が長寿橋、金さん銀さんがここの生まれではありませんが(愛知県生まれ)竣工時に長寿にあやかってここへ来ていただいたとか。

「道の歴史情報館」
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入場料500円、ここ北国街道は越前の前田家が参勤交代に使ったほか、佐渡の金山から出る金塊などを江戸に輸送する重要な道だったとか。私が走った百峠とも大いに関係があります。
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神坂峠から碓氷峠、そして松本市四賀がここへ来るための分岐点になっているのですね。

昭和初期の長寿橋
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対岸から峠が立ち上がっていたのでしょう。

復元した関所
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そして隣が本陣
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本陣で昼食です。
観光案内所の情報では、お昼を食べられるところは駅前に一軒とここだけのようです。
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Bランチ850円也、小盛蕎麦?普通盛ですよね、お腹いっぱいで残してしまいました。

道の歴史情報館の館長さんの情報では、ここの駐車場を出てしなの鉄道に沿って北へ行けば野尻坂峠に出るはず。
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この道を左へ、しなの鉄道北しなの線に導かれます。

そして出たのは来た時の道、
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熊坂です。
平安末期、ここと野尻湖を隔てる長範山=野尻坂峠のある山に熊坂長範という盗賊がいてこの界隈を荒らしまわり、源義経に討たれたといういわれています。
この伝説から野尻坂を熊坂と呼び地名としても残っているようです。
北しなの線を渡り
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峠に上っていきます、そこそこの傾斜が付いています。
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これが峠(666m)か⁉ 
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信州と他国を分ける峠は、他国から来るときつい登りになっているが信州側が平坦なケースがあります。碓氷峠などがそのケース。信州の標高がいかに高いかを思い知る一時です。

もう一つ館長さんからの情報。
信州側に大本道、小本道という地名があるが、昔はそこを峠道が走っていたという。
小さな標識を頼りに入っていきます。
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ありました「本道」
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長範山の中腹のようです。地図上で見ても熊坂から来ることができそうな地形、今では熊坂へ通じる道は無さそうですが古道が通っていた名残のようです。

一茶のふるさと柏原から戸隠へ、
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県道36号線、黒姫山や御巣鷹山、戸隠山の山すそを通って戸隠高原へ
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戸隠奥社のそばに越水ヶ原への道標発見!
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これが越水ヶ原峠(1230m)か⁉ 何となく峠の雰囲気。
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越水ヶ原の案内発見
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越水ヶ原峠との明記はありませんがここのようです。

戸隠神社の中社を経て
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一の鳥居苑地
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ここが一の鳥居峠(1150m)か⁉
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一の鳥居は当初木造だったが、寛政年間に大規模な石の鳥居になりましたが、弘化4年の善光寺地震で倒れ、明治19年に木造の大鳥居に建て替えられたが、それも危険になり解体されたという。

戸隠バードラインを通り若槻へと下ります。
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信濃町、飯綱へ向かいます。次は坂中峠。
この道は、前回走った北国街道=三本松峠、白坂峠、今日の野尻坂峠や古海峠に並行して西側を南北に走る道。
坂中の集落を抜けると
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坂中トンネル、
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トンネルをくぐって飯綱側へ、左へ登る道が見えます。坂中峠への道⁉
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そのようです、長野への道標に沿って
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長野との市境、
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坂中峠(817m)のようです、少し行くと峠の案内が。
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間違いなし、坂中峠も完登しました。

今日の宿は戸隠小舎、戸隠スキー場の近く、越水ヶ原峠を越えてきました。
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戸隠も雪が解けて春の装い
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夕食時に越水ヶ原峠の由来を尋ねたら、こんな本を出してくれました。
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「峠を越えて ー 戸隠小舎の30年」 ここのご主人故佐々木徳雄、美津子さんご夫婦の共作です。
この本の題名は私にもぴったり、購入を希望しましたが絶版とのこと、残念です。
佐々木さんは1958年にこの小舎を開業、戸隠の越水ヶ原最初の小屋だったようです。
その後、1982年にはダウラギリⅠ峰(8167m)で隊長として登山もされた方です。
この本をお借りして読みましたが、軽いタッチで未だ開発される前の戸隠を描写しています。奥様執筆の小舎で出される料理のレシピも満載、夕食で出されたニョッキのレシピも出ていましたが、家に帰って作ってみようかな。
また越水ヶ原峠についてもあそこで間違いなし!











信州百峠(54)(三本松峠、白坂峠、丹霞郷) 2021年04月22日16:47 

4月17日、渋温泉に泊まった中日は生憎の雨、渋峠を越えて草津まで行きたいところですが、多分峠は通行止めでしょう。
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でも行けるところまで、
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やっぱり熊の湯の上で通行止め、
高山温泉へは行けるか⁉
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厚い雪に阻まれてしまいました。
秋山郷や野沢温泉へは⁉
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行けません、巨大なリゾート焼額山のプリンスホテルも閑古鳥です。
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一応思った通りでしたが、雨中の山道は疲れます。

志賀高原から下って飯縄方面へ、中野から千曲川を立ヶ花橋で渡り、腹ごしらえ
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三萬亭にて天ぷらポパイ煮込みうどん1300円也(写真失念)、ポパイとはほうれん草を練りこんだうどんでした。
店の裏にあった牛と馬の像、
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家に帰ってから新聞で知りましたが、この牛のキーホルダーを店の人が作って2019年の台風19号被災者への援助をするとか。
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飯綱、牟礼方面へ国道18号線を上ります。
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牟礼の第一スーパーを左へ
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県道60号線を長野方面へ南下、これが北国街道
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三本松交差点
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ここが三本松峠⁉ 少し上っているとは思いましたがこれでも峠⁉
セブンイレブンの向かいにはコメリ
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そして少し行くとwelcia、
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今までに訪れた峠の中では超近代的! また峠へ登ったという感慨もありません。
セブンイレブンの人に「信州百峠」の本を見せて、「こんな風景無いですか?」
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10分ほど待たされましたが、地元の人にでも聞いてくれたのでしょう、セブンイレブンの正面にありました、
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三本松、小林一茶が15歳で柏原をあとに江戸へ出る際、父親が牟礼まで見送ってくれたという記録から、ここで別れを告げたのでは⁉ という言い伝えがあるそうです。
一茶の碑
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行人塚の謂れ
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県道は新しい道なので旧道へ復します。
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丹霞郷方面へ左折
ほぼ平坦な地形なので峠が分かりません、
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ここか?
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看板に新白坂峠、やっと見つけました、
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そして本にあった一里塚
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峠の交差点から100mに現存していました。
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街道は直進のようですが、左折すると丹霞郷
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10haの広さに1500本の桃の木があり、昭和8年洋画家岡田三郎助が「まるで丹い霞がたなびいているようだ」ということから命名されたということですが、桜と違ってこちらは時期が早すぎたようです。
ここからは豊野から中野方面を眼下に望めます。
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ここで気付いた! この地の峠を実感するには長野方面から上らないといけません。
北信の標高が高い牟礼からだと峠を上るという実感がありません。実際にはこれだけの標高差があるのです。

渋温泉へ帰ります。
楽しみにしていた夕食は、何と!洋食のコースです。
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奇抜な前菜
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そしてメインは白身魚のポワレと骨付きラム、和風旅館での洋食コースには脱帽でした。

18日は山ノ内の峠を下見、渋峠など群馬境の峠以外にも地図上では5か所の峠を発見しました。
そのうちの一つ箱山峠にある箱山トンネルを抜けて家路に着きました。
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結局2泊3日で峠2つ、しかしこれからの足掛かりにはなりました。次回はバイクで晴天、そして暖かい日を選んで決行です。








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