信州百峠(59)(火山峠) 2021年06月04日15:53 

ひょんなことからこの峠を知りました。
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峠にある市境の案内が他市に入りこんでいる? それを確かめるためにも実地に見聞しないと、ということで
5月28日、今年初のバイクでの探訪です。

火山峠は県道18号線上にあるので、伊那市内でそのルートに入ります。
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三峰川を越え
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ありました、火山峠まで7km、
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駒ケ根方面へ、右の鞍部が峠でしょうか⁉
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駒ケ根から高遠へ入るには伊那市街を抜けるより近道なのが分かります。

難なく峠へ、火山峠(853m)です。
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手前左側に駒ケ根市の看板、峠を挟んで路肩右に伊那市の看板が配置されています。
確かに相手の領地?に設置されているようです。
火山峠の表示も確認
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ということであっけなく峠通過、
でも名勝がありました。
火山峠芭蕉の松
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松尾芭蕉が訪れたわけではないですが、このあたりは松茸の産地らしいです。
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中央アルプスを右に見て飯島方面へ
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田切の里にて昼食、かつ丼とそばのセットでした。
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そこから国道153号線にて帰途に着きました。
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この日の走行距離は151km、所要時間6時間でした。

信州百峠(58)(万治峠、新地蔵峠、象山記念館、松代象山地下壕) 2021年05月12日16:22 

5月4日も快晴、上山田から千曲川沿いにちょっと行くと八王子山
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今では川沿いをスイスイ行けちゃう道ですが、
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明治11年にこの県道ができる前はこの山を越えて(万治峠)行き来をしていたのです。
八王子山二態、この橋=大正橋から見た八王子山
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一つ上流の万葉橋からの八王子山
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大正橋たもとの佐良志奈神社、
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車幅ギリギリのこんな道を上っていくと
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千曲川の風景が展開
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しかしここから道幅が半端なく狭くなります、コーナーも回り切れない。
そこで撤退、そこにあった枯れ木には
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こんな峠の謂れが書いてありました。
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ここまで来たからには行きたいところが松代大本営地下壕、
まずは象山記念館、
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佐久間象山、幕末の開国論者で勝海舟や坂本龍馬、吉田松陰などに大きな影響を与えた松代藩士です。ここには彼が考案した電気治療器なども展示されています。
ここに車を駐車したまま地下壕へ行っても良いよ、と学芸員さんの配慮が嬉しい。
何しろ見学者は私ともう一人、コロナ禍とあって見学者も少ないとは悲しいです。
象山神社、
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この山の名前から佐久間象山の諱が生まれたとか。

参道にあった弁当屋さん、しんこきゅう(心幸食)松代象山店
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見学後にここで昼の弁当をゲット、700円(税別)体に優しそうな弁当です。
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松代象山地下壕
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追悼平和祈念碑
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松代象山地下壕の案内、入れるのはごく一部です。
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地下壕入り口
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ヘルメットが必須、手掘りの荒々しいトンネルです。
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進入禁止の横穴
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トロッコの枕木跡
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抜けなくなった削岩機のロッド
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など、これだけで片道500m、内部は思ったより管理されていて湧水もなく快適でした。

外へ出て、「もうひとつの歴史館松代」、入館料200円。
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学芸員さんが丁寧に説明してくれます。
私はここだけが地下壕だと思っていましたが、松代から須坂にかけて多くの地下壕を掘ったそうです。象山地下壕は主に放送関係、現在気象庁松代地震観測所がある舞鶴山には大本営や宮内省、天皇皇后御座所が1944年から終戦までに、延長10kmに及ぶシェルターとして掘られました。
そのために6000人ともいわれる朝鮮人が動員されました。
松代と言えば思い出すのが松代群発地震、私が中学生だった時ですが、そんな地震で長期にわたって揺れても元を留めている地下壕、戦時にこのような政府中枢を入れることができる場所を作ったということは岩盤が強固だったからです。

地蔵峠へ県道35号線を
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道幅は広いがかなりの高低差があります。
新地蔵峠、地蔵峠食堂は廃品処理の山でした。
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旧来の地蔵峠は手前を右へ行くようですが、
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新地蔵峠だけで満足してしまい、かえって食堂裏の林道山の神線が気になります。
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廃品処理のおじさんに聞いたところここからは大本営地下壕のあった舞鶴山へ出られるとか、バイクなら可能そうです。

買った弁当を食すため十福の湯駐車場を拝借、
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その後は上田市の真田から上山田温泉に戻り、麻績、坂北方面へ
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坂上トンネルを抜け、
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トンネル上の林道に入ってみましたが通行止め
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旧道、峠には出られません。
そこで今日は終了、おとなしく帰りました。

2日間の走行距離は273kmでした。









信州百峠(57)(中の峠、切通、三和峠、聖峠、鳥坂(とっさか)峠、宮坂峠) 2021年05月10日11:39 

前週に引き続き、5月3日~4日は快晴の予報。
今回は麻績から千曲市方面の峠を目指します。
麻績へ行くなら高速で麻績インターまで、というルートもありますが、どうせなら以前通った峠も越えながら一般道で行くのが筋でしょう。

松本市四賀の会田宿から花川原峠を目指します。
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その途次には立峠への登り口
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前回の岩井堂峠に続いてここにも岩井堂観音があります。
調べたら岩井堂観音は青梅や飯能にもあるそうです。浅草観音のルーツという説もあるそうな。
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何回も通った道だから大丈夫、と思っていましたが、
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倒木が道をふさぎます。
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ギリギリ路肩をかわして通り抜けられました。ホッ!

花川原峠(996,7m)、切通が印象的な峠です。
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立峠からの下り口、
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案内板を見ると、古い峠(立峠)は直線的に、新しい峠(花川原峠)は迂回したルートでということが分かります。現代の峠はもっと大きく迂回したり、トンネルや橋で抜け、よりスピードがでるようになってきたことが分かります。

西条の乱橋に出ます。この先を直線で行くのが善光寺街道の旧道のようです。
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案内も出ています。
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調べてみるとこの先が中ノ峠、標高差は大したことが無いようです。
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中ノ峠?に出ました。馬頭観音があります。
少し下ると馬の水吞場
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二又になった道を右へ
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善光寺街道=北国西街道の碑
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これが旧道か⁉
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JRに沿って右上から来てV字に左へ、
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青柳宿(坂北)へと続くようですが、途中を省略して県道を青柳宿へ、
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昭和町から青柳宿へと右折します。
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青柳宿、歴史の散歩道
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ここも旧宿場町、それ以前の戦国時代には青柳城の城下町だったところ。
急坂の家並みは敷地も狭く、急傾斜だったため石垣で水路を作りその上に屋敷を立てていました。
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本陣青柳氏邸、ここ青柳さんは以前わが社にも勤めておられ、坂北村最後の村長も務められた方。
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ここまでは来たこともありましたが、この先の切通は未体験。
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大切通、天正8年に青柳氏によって開削されたとか、
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石のみの跡もクッキリ
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この道も直線的な古道の作法に沿っています。

国道403号線に出て聖湖へ、
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峠の途中には「大峠?」
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お仙の茶屋跡の裏には旧道も、
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聖高原へ出ました。地図ではここを左へ行くと新しい峠へと出ます。
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このような舗装路でした。
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三和峠(1200m)、ここからは千曲市。
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猿ヶ馬場峠から三和峠、聖峠と稜線上に並んでいます。
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樹齢250~300年の巨大ブナ
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そして長野市大岡に
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道を左へ左へと行くと
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別荘地に出ます。
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そこで散歩されていた人に聖峠は? と聞くと、丁寧に教えてくれましたが、舗装されていない道が錯綜、迷った末に聖峠へたどり着きました。
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古道の雰囲気、証拠になるもの何もなし。
でも少し下ったところに「聖峠」の案内板がありました。
距離的にも間違いなし。
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樋知(ひじり)大神社もありました。
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そこからは道に沿って下るのみ。
千曲、篠井方面へ、次に狙うのは鳥坂(とっさか)峠。
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地図上では稲荷山の駅付近、
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駅に到着、ちょうど昼時ですが周辺に飲食店は見当たらず、
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2kmほど行ったところでやっと1軒、居酒屋でランチをやっていました。
満員でちょっと待った後、カウンターで資料を見ていると、うらやましい昼酒をしているオジサンから声を掛けられ、「何の本?」 「峠の本だよ」 と言ったところ、「峠か⁉ 良いなぁ! 学者さんかと思ったよ」 などと盛んに話しかけてきてくれて、恐縮するやら面白いやら。
おかげでランチを撮るのを忘れてしまいました。

駅の先の踏切を渡り左折、
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バッチリ! 鳥坂峠の案内板を見つけました。
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ここを左折です。
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地図ではこんな感じ、
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およよ狭い! たじろいでいると軽できた地元の人が「狭いしこの先行けないよ、迂回路で行ったら⁉」 と言ったと思ったらどんどん入り込んでいきます。
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地元の人のアドバイスには従わないと、ということで迂回路を左へ
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難なく峠か?
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一応峠クリアしたことに、案内板は立派だったけど、峠の上には何も標識なし、本当にここ?
次回来るときはバイクで、地元の人が突っ込んでいった道を確かめに行ってみたい。

稲荷山に戻り、千曲橋を千曲市方面へ
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屋代駅からあんずの里森を目指します。
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森将軍塚古墳を過ぎて右へ行くとあんずの里森
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ここから宮坂峠への道があるはず、川沿いに入っていきます。
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林道芝平樽滝線、熊に注意の看板が頻繁に出てきます。
すれ違いができない林道ですが、舗装はまずまず、奥へ奥へと突っ込みます。
女陰の滝、意味深な滝です。
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女性の神秘を現した滝、この滝に打たれると恋人が現れるとのことです。
(後で地図を確認したところ、女陰の滝は宮坂峠とは方向違い、より奥まで来てしまいました。)

そして峠、鏡台山などへの登山口らしい。
坂城方面へも下りられます。
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何気なく見た看板には葛尾城、村上義清のお城ではありませんか!
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ここからかなり歩かないといけないような、看板を横目で見ながら坂城の町へ。

坂城町は国道で通り抜けてばかり、街中や駅には初めて入ります。
坂城駅前マップ、坂城宿ふるさと歴史館へ行こう。
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坂城宿ふるさと歴史館
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本陣だった建物。
ここでは村上義清が一番の売り。
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武田信玄を二度まで打ち破った男、という打ち出しです。
実際、夜に訪れた上山田の焼鳥屋の店主も、地元の英雄は村上義清と言っていました。

ここにもあった北国街道図
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耳慣れない宿場をアピールしていました=鼠宿、
そこで、行ってみました北国街道鼠宿跡
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上田と坂城が幕府公認の本宿で、その間にあった鼠宿は松代藩が設けた私宿という位置づけ。
今では国道18号線が走り、交通の要衝になっていますが、その昔は千曲川に虚空蔵山が張り出した地形で通行困難。この付近には一見拓けていても通り抜けられない地形が随所に、村上義清の居城葛尾城址も同じです。

今日は上山田温泉泊、ホテルプラトン、ビジネスホテルタイプの宿です。
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ということで、夜は街のやきとり屋へ。
きちんとしたやきとりを出してくれました。
創業以来30年、戸倉上山田温泉自体の地盤沈下もありますがコロナの影響が輪をかけているそうです。
創業当時は観光バスが数珠つなぎ、夜の街にも活気があったとは、私の地元浅間温泉も同じでした。
〆のラーメンをいただき、
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上山田の街をそぞろ歩きで帰りましたが、ジャケットを忘れてきたのを店主が後を追って届けてくれました。
ありがとう!













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