美味しい朝食、春爛漫 2026年04月25日15:07 

4月25日に朝ごはんのお誘いが、
塩尻の昔は居酒屋弁慶、現オニワカが会場。
20260425_084449

温かいみそ汁に小鉢3品、
20260425_082648

おにぎり3種は選べます。
20260425_082712

私はこしあぶらと醤油粕、昆布と梅干しをチョイス。

不定期開催ですが、いつもと違う週末を過ごすにはピッタリのスタートができました。

山吹もたわわに、
20260425_113929

岡田神社も春爛漫。
20260426_102111

岬と峠紀行(対馬、壱岐④)壱岐、そして帰路 2026年04月19日14:58 

4月19日、今日が旅行の最終日。
壱岐の中部と北部を周って、フェリーで博多へ、そして新幹線と特急しなのを乗り継いで帰ります。

壱岐島荘に展示してあった壱州鬼凧。
その由来は、鬼ヶ島であった壱岐から鬼を追い払った伝説。
IMG_4360

これが鬼凧。
IMG_4361


まずは古墳巡り。
壱岐には長崎県の古墳423か所の実に60%、256か所の古墳があるそうです。
長崎県最大の前方後円墳、双六古墳。思わずホーッとため息が出るたおやかさ。
IMG_4363

百合畑古墳群、この周りだけで6基の古墳があるそうです。
IMG_4365

掛木古墳は
IMG_4370

内部の玄室にも入れます。
IMG_4374


壱岐最北端の勝本城址へ、城山を上ると、
IMG_4378

目に飛び込んだのは御柱!?
IMG_4383

何と諏訪市から壱岐への贈り物。
IMG_4380

諏訪で生まれた松尾芭蕉の弟子河合曽良が壱岐で客死したとは知らなかった。

勝本城の大手門、
IMG_4386

秀吉の大石垣、
IMG_4387

文禄・慶長の役で秀吉の命をうけ建設された勝本城。
松浦、大村など九州大名によって1591年にわずか4か月で完成した城。
朝鮮出兵の兵站基地として使われた。
城址からの壱岐北端。
IMG_4392


新城神社
IMG_4395

文永の役で元軍に攻め込まれ、守護代の平景隆はこの神社の場所にあった樋詰城で自害した。
すぐ近くには文永の役の千人塚。
IMG_4398


芦辺港周辺も元寇の主戦場。
少弐公園にはそれらの遺物も。
碇石、海底から引き揚げられた中世日本の大型外洋船のもの。
IMG_4403

煙台。
中世の情報伝達には狼煙が使われた。元軍襲来の一報は対馬から壱岐へ、そして博多大宰府へと伝えられたのです。
IMG_4405

壱岐神社
IMG_4408

会いたかった! 少弐資時の墓。
IMG_4414


講演の空には壱州鬼凧が! イベントがあるようです。
IMG_4417


芦辺港でやっと見つけた少弐資時像、
IMG_4419

本を読んで少弐氏を知り、旅行の最後で少弐資時に送ってもらえた旅でした。

フェリーちくしは船首が開いて車の積み込みができる。
IMG_4422

博多へ戻る船の上がちょうど昼時、久しぶりにカップヌードルで腹を満たします。
IMG_4423

壱岐の行程は
Screenshot_20260419_213404


帰路は昼間なので島々が見えます。
玄海島
20260419_125058

漢委奴国王の金印でお馴染みの志賀島
20260419_125302

能古島
20260419_130207


埠頭に着岸、その際の渦巻きは
20260419_132454

サイドスラスタの効果でしょう。
大きい船を着岸させるには微妙な操作が必要ですが、この装置を使うことで横方向への細かい操作が可能になるのでしょう。
IMG_3921


ちなみに夕食は特急しなのの車内で折尾名物東筑軒のかしわめし。
20260419_183918

旅最後の美味しい駅弁でした。
20260419_184116


3泊5日の全旅程は
Screenshot_20260419_213704

でした。






岬と峠紀行(対馬、壱岐③)対馬博物館、壱岐 2026年04月18日09:16 

4月18日はあいにくの雨、その中を県道39号線で海沿いを、
IMG_4241

ツシマヤマネコが飛び出しそうな道を、
IMG_4243

やっぱり出てくるのですね、気を付けないと。
IMG_4244


対馬の公衆トイレで必ず目にする表示が
IMG_4245

先日読んだ「アジアトイレ紀行」で、現在はだいぶ改善されたが、韓国のトイレは水圧が低かったり、ペーパーが水に溶けにくかったりという理由で、水洗トイレでも使用済みの紙を流してはいけないという習慣があるそうです。
また対馬では自動販売機の充実が目につきます。これもコンビニが少ないせい?
IMG_4250

厳原ではローソンとファミマが1軒ずつありましたが、上対馬、中対馬では1軒も出合いませんでした。

対馬ふるさと伝承館は開館前で入れず、
IMG_4249


16日に休館だった対馬博物館へ、
IMG_4252

古墳時代の鉄刀
IMG_4255

銅矛のレプリカを持ち上げてみましたが重いこと!
IMG_4257

これだけ重いと武器としては使えませんね、司祭用だということも納得。

万葉集にも納められた遣唐使や遣新羅使の和歌にも西の漕手などを詠ったものが。
IMG_4259

阿比留氏と神社
IMG_4263

日本の中央と朝鮮の間に立って苦慮したり甘い蜜を吸ったりした宗氏の偽印外交。
IMG_4268

日露戦争の対馬沖海戦で撃沈されたロシア軍の装甲巡洋艦ウラジミール・モノマフ号の乗組員を救助した際の聞き書き。
IMG_4275

など興味深いものがたくさんありました。
お宝として持ち帰ったのが博物館でいただいたパンフレット。
20260428_161311

これから読んで、もう一度対馬へ訪れる動機付けを養いたいと思います。

対馬最後の食事は対州そば、
対馬ふるさと伝承館に戻って、
IMG_4277

そば道場美津島
IMG_4247

私は迷わず郷土料理いりやきそば1300円、
IMG_4278

奥さんは地元の野菜、賀佐ごぼう天そば1200円、
IMG_4279

凄い! いりやきに使う鶏肉は親鳥、それも首など骨付きのままぶつ切り+モツも入っています。
IMG_4281

レトルトのいりやきとろくべえもゲット!
20260428_074852

忘れてならない名物がかす巻、カステラであんこを巻いたもの。
あずきとうぐいすあんの2種類、あずき餡のものを食べてしまってから気づきました。
20260428_113656


二日半の対馬は走行距離829,1km。
レンタカーの人に「良く走りましたね!」
IMG_4282

対馬の行程は
Screenshot_20260418_122724


13:15発のジェットフオィルで壱岐の芦辺へ、フェリーの半分ほどの時間で行けます。45ノットものスピードで、舳先下と船尾に付いたフィンが船体を押し上げ、タービンエンジンの力で海水を後方へ吐き出して走ります。
IMG_4284




芦辺ではレンタカー会社がお出迎え、軽の日産ディズに乗って最初に行ったのが
壱岐市立一支国博物館、
IMG_4287

壱岐も古代文明の宝庫、
干アワビの加工が盛んだったようです。
IMG_4291

首長らの古墳もあちこちに、
IMG_4298

双六古墳からは中国北斎製の陶器。
IMG_4307


注目が大陸との間をつないだ準構造船。
IMG_4316

IMG_4308

丸太をくり抜いた船から一歩脱皮して、くり抜いた丸太の上に波切、波除を設置した遠洋にも出られる船で、交易品を座面の下に格納できるようになっています。
IMG_4318

石鎌、石包丁、
IMG_4325


博物館と指呼の間にある原の辻復元公園
竪穴住居や倉庫、
IMG_4334

物見の塔
IMG_4342


そこから壱岐の最南端の初瀬へ、
IMG_4344


次には西岸を周ります。
壱岐にはコンビニが豊富に存在、ここはローソン+ポプラ
IMG_4346


猿岩の手前にあった黒崎砲台跡、東洋一。
IMG_4347

並べられているのは、大きな方が戦艦大和の主砲弾(口径46cm)と、この砲台に使われていたという赤城の41cm砲弾のレプリカ。
中に入ってみますが10m程で通行禁止。
IMG_4352


猿岩、確かに猿の横顔です。
IMG_4356


今日の泊りは国民宿舎壱岐島荘、湯本温泉にあります。
IMG_4357

夕飯には壱岐牛と新鮮な刺身が。
20260418_180212


対馬からの航跡、海の上の航跡なので正確かどうかは分かりませんがおおよその見当は付きます。
Screenshot_20260418_170109


そして壱岐島での旅程。
Screenshot_20260418_170141









記事検索
月別アーカイブ
プロフィール

hongokeiniku

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ