野沢温泉食い歩き、そして今昔 2020年09月07日13:36 

13日の夜は野沢温泉。泊
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まりはげんたろう屋、スキー民宿のような佇まい。
広い部屋も不要なので四畳半を予約。
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そして温泉に泊まると、夕飯は必ず会席料理。 この年になると多すぎて食べられない。
それなら地元の居酒屋を探してみよう。
地図を探すと常盤屋旅館の地下に「つくしんぼ」
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階段を地下へ
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ちょっと寂れてはいますが、都会の地下街のような雰囲気、このような田舎の温泉街に地下街があるとは驚きです。
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ありました。今はこのつくしんぼとラーメン屋だけの営業で、少々寂しい。
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私の飲みスタイルは、カウンターの一番奥に潜り込んで、好みの本を広げながらチビチビ飲むこと。
しめ鯖、
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夏野菜の揚げびたし、北信の夏野菜は力があります。美味しかった、そしてお値打ち。
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やきとりなどを頼んで、熱燗の地酒(残念ながら新潟産でした)でしばし孤独を味わいます。

温泉街をブラブラ、ちょっと洒落たお店へ、サンアントンジャム工房
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裏手にあるホテルサンアントンの直営らしいです。
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地元の果実で作ったジャムがぎっしり!
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閉店間際でしたが、カフェオレ
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そしてわざわざ蒸してくれたナスおやき。
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中はこんな感じ
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宿へ帰って廊下を歩くと、昔の写真が
温泉まんじゅうで有名なフキヤ
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現在はこんな感じ
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常盤屋旅館
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現在は
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有名な麻釜
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現在は
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大湯
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今の姿
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グーッとくる写真が風呂場の脱衣場に
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昭和の大湯、眼福です。

野沢温泉にも長い歴史がありますね。自動車も少なかった戦前、特に冬は写真のような橇でお客さんをこの温泉地まで誘っていたとは!
最寄りの駅からここまではかなり急こう配の坂、そこを橇で登るとは驚きです。



信州百峠(万坂峠、富倉峠、関田峠) 2020年09月06日17:28 

8月13日、お盆真っ最中ですが、野沢温泉に宿が取れました。コロナの影響も深刻です。
2日間で北信の峠を回りたいと思います。

最初に行くのが戸狩方面、この地を訪ねるのは初めて。
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地図上で万坂峠を発見、行ってみましょう!
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戸狩リゾートを過ぎ
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生憎の雨もよりですが坂を下ってまた上ります。
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あっけなくの万坂峠
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ここを過ぎると、戸狩タングラム
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地図が頭に入っていなかったのですが、野尻湖に抜けるとは!
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野尻湖の東岸、県道96号線を走っていくと「サンクゼールワイナリー」の案内があります。
サンクゼールはお得意先でもあるので初めて訪問、
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サンクゼールの長野竜眼白ワインは秀逸
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4本も買ってしまいました。

ここも峠らしいのですが
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再度飯山方面へ帰ります。

次に目指すのが富倉峠を抜けて新潟県妙高市へ、折り返し関田峠から飯山へ、そして今夜は再度野沢温泉に泊まる予定です。
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左折して国道292号線へ
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この先が富倉峠か?
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トンネルを1本抜けたら新潟県か? 未だ飯山市です。
関谷から富倉峠が伸びていそうです、関谷の庚申様
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なぜか峠に近づいた匂いがします。

この道を上っていくとお爺さんが野良仕事、聞いてみると間違いなし!
春には地元の中学生が富倉峠まで旧道を集団登山をするそうです。
「車で行けますか?」→「大丈夫、池のあるところまで登れば案内がある」という心強いお言葉。

ところが、軽トラックでもギリギリの草深い細道
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路肩も崩れかけて心細さ満点、「エイヤッ!」
やっと池に到着
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その先に峠への道標がありましたが、ここで引き返しました。
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お爺さんの家の近くにあった旧道
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新潟県境はまだまだ先
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妙高市へ出たら右折して関田峠へ
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光ヶ原高原に峠はあります、こっちが峠。
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光ヶ原高原、ここからの日本海の眺めが良いそうですが、今日は生憎の雲がかかっています。
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峠へと上ると
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難局打開の鉄球⁉ あさま山荘事件で実際に使われた鉄球が展示されているそうですが興味なし。

関田峠です。
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信越トレールという県境を歩く登山路が峠を横切ってあるようです。
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峠を越えると信州、飯山の新幹線の橋脚も見えます。
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信州に出てホッと一息、あとは下るだけ、今夜の宿野沢温泉に直行。

この日の走行距離は242km、所要時間は7時間10分でした。



北前船 2020年09月05日16:00 

図書館でふと手に取った一冊の小説「男たちの船出」著者は伊東潤。
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三船敏郎のような厳つい男に目が行きました。

内容は、瀬戸内塩飽の船職人の話です。
徳川の幕藩体制も整った1600年代後半、それまで五百石積程の船しか作ったことがない塩飽の船大工のもとに河村七兵衛(後の河村瑞賢)が訪れ、千石船を造ってほしいという依頼をします。
塩飽ではそれを拒否、しかし塩飽の若き船大工が出奔し、佐渡の宿根木で地元の船大工と協力して千石船を作ってしまう物語。

塩飽という名には、海賊の島という意識しかありませんでしたが、佐渡の宿根木のいう地名にピン!ときました。

2018年の9月に佐渡旅行をして、佐渡の南西端の宿根木にも行って、実物大の千石船を見てきました。
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下にいる人と比べてください、その大きさが実感できます。
この船は実際には512石積、帆の大きさが約155畳だそうです。

物語の中で、佐渡で作ったはいいものの、試験航海で、冬の日本海の荒海に翻弄されて難破してしまいます。
千石船のウイークポイントがここ、
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船の艫(とも)、舵をはじめ千石船の後ろ部分が最大の弱点でした。
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舵を見てください、こんな縄で吊るす弱体な舵では日本海の荒波はこなせません。
舵が流されれば船の操作が不可能、大きな横波でも食らえばひとたまりもありません。

西洋から渡来する南蛮船は遠洋航海ができるように堅牢に作られていましたが、鎖国を国是とする日本では陸地が見える範囲の航海が精いっぱい、国の政策がこのようなところにまで及び、勇敢な船乗りが無駄な命を落とした事例もあるのですね。

宿根木では千石船を見るのに忙しく、宿根木の高密度な集落群(1haに110棟の建造物)日本海航路、文化の集積地を見ないでしまいました、残念。
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またこの本で河村瑞賢に興味を抱き、
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「江戸を造った男」も読みました。
瑞賢という名前は、社会科の教科書で出会った気がしますが、東回り航路、西回り航路の開発をはじめ、干拓や河川整備、銀山開発まで幅広い偉業を達成した人ですね。

有名な英雄、武将や政治家の物語も面白いですが、こんな実業家も興味深いですね。

この頃の私は、峠を巡ったり歴史的な興味を引く場所を訪れたりという、体験を通した見分と、書籍を照らし合わせた知識が加わると、気づきが倍増するような思いがします。
また知識とはいっても、案内パンフレット⇒案内書⇒実録やノンフィクション⇒研究書⇒学術論文⇒古典の順で確度や真実度合が高まりますが、歴史や民俗など古いものは、その中にはフィクションや思い違い、人に寄っての解釈の違いもありますし、不明な部分も多分にあります。
そんな不明な部分を小説で補うことも興味深く感じます。
一つの事象に対して、一つだけの小説では思いが偏ってしまうので、複数の小説やノンフィクションを並行して辿るとより深い気付きがありますね。

その例が、明治時代に青森の八甲田山で200名もの遭難者を出した陸軍演習の話。
私は新田次郎の「八甲田山死の彷徨」を以前に読みましたが、上記と同じ伊東潤の「囚われの山」
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を読んだところ、新田次郎とは異なる視点で書かれていて参考になりました。




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