4月17日は曇天。
私の朝食はイングリッシュブレックファースト、奥さんは和食でした。
前回のブログのように、満潮を目指して西漕手と和多都美神社をまわり、
対馬では公衆トイレがどこにもあるわけではないこと、コンビニが極端に少ないことは昨日経験積みなので早めにトイレタイム。
神話の里自然公園に新しいトイレを発見。
豊玉町の烏帽子岳展望所へ。
韓国の観光客がバスで来ていました。
展望台からの浅茅湾、
峰町に入り峰町歴史民俗資料館へ、
弥生時代、朝鮮から来たもので対馬の国際性がうかがわれる。
梨地塗鞍。
ここで阿比留氏登場! 対馬と言えば宗氏の名が出てくるが、宗氏が支配する前の対馬は平安後期から阿比留氏の支配下にあり、現在でも阿比留という姓が対馬では一番多いということです。
切干切り機、
縄ない機、
ひくし(そば挽機)
対馬の国際性がうかがわれるベトナム陶器
高麗青磁
中国陶磁器
次に行ったのが上県町の目保呂ダム馬事公苑
対馬にも日本在来馬の対州馬が保存されていますが、ここでは乗馬体験もできるようです。
多分こちらが雌馬、まったりと大人しそう。
そして牡馬、鼻息が荒かった!
乗馬をするには事前予約が必要です。
路傍には見慣れない筒が林立、
対馬は日本ミツバチだけしか存在しないそうです。
それが対馬の誇りで、フェリーターミナルにも蜂洞が展示されていました。
お土産にも買った倭蜂(日本ミツバチ)の蜂王。
棹崎公園へ。
ここは岬になっていてツシマヤマネコが多く(とはいっても全島で100匹程度)保護区のようになっています。
対馬野生生物保護センター
残念ながらこの日は保護されている「かなた君」は体調不良で面会謝絶、
イエネコとの違いは耳が丸かったり、耳の裏が白いなど
以前訪ねたイリオモテヤマネコも100匹程度、系統も微妙に違っています。
虎耳状斑は共通しています。
人と鶏とツシマヤマネコの軋轢、人の生活と野生との矛盾点。
郷土料理いりやきもそんな軋轢の中にいます。
棹崎の先端まで登ってみます。
棹崎砲台位置経路図、
ここにも国境の島の現実が、砲台観測所の内部。
地下壕入り口、
砲台跡、
日本最北西端の碑と灯台、
これで日本の最西端、最南端、最北端と最北西端を踏破!
次には対馬の北端へ行きますが、その前に腹ごしらえ。
ごはん処あび米、農家の庭先にあった素朴だがちょっとお洒落なレストラン。
ここの女性オーナーも阿比留姓だとか、皆さん阿比留という名に誇りを持っているようです。
私は対馬名物とんちゃんのセット1300円、
甘辛いたれで豚の肩ロースを焼いた対馬北部のソウルフードです。
岐阜の御嵩にもとんちゃんがありますが、こちらは味噌味豚のホルモン、滋賀県の高島にもあるようですがそれは私も未体験です。
いずれも朝鮮文化が生きています。
ちなみに奥さんは焼カレーセット1300円。
最北端、上対馬町の韓国展望所。
韓国釜山まで49,5km、
航空自衛隊海栗島分屯基地。
豊砲台跡にも行きたかったのですが土砂崩落で車両は入れません、尾根道を歩けば1km程なので行って見ましょう。
しばらく行くと右足元でガサガサッと、その直後私の前を5頭ほどの鹿が右から左へと横切っていきました。
ここも国境の島を感じさせる防衛庁の境界石、
なおも突き進んでいきますが、
アレッ! 岬の先端に来てしまいました。
豊砲台跡を見過ごしてしまったようです。
仕方なく引き返し、金網に囲われた場所を発見。
豊砲台跡
ここに口径40cm、巡洋戦艦赤城の主砲と同じ規模の砲台が睨みを利かしていました。
砲塔の内部などにも入れるという案内がありましたが、雨も降ってきたので敗退。
対馬には砲台跡が31か所もあるそうです、さながら不沈戦艦。
古代の白村江の戦いから日清日露戦争そして太平洋戦争まで国境の第一線を担ってきた島の歴史です。
宿は比田勝港ですが、その前にわが社のお客さんの対馬工場へ立ち寄り、
アジやサバの処理をしている工場なので、トビやミサゴ、カラスなどが群れを成しています。
比田勝港国際ターミナル
宿は梅屋ホテル、
宿近くの地元スーパータケスエで、
白嶽の清酒とヤマネコ?の焼酎。
重くなるので不要な衣類などと宅急便で送りましたが、クロネコの人たちが厳重に梱包し、一つも割れずに無事届きました。(私が1週間日にちを間違ったので届いたのは27日でしたが)
ホテルの隣、みなと寿しでゆっくり美味しいものを。
かんぱちの胡麻和え、お漬物。
握りはマグロも含めて近海産(海老は違うか?)
穴キュウーは最高! これには感動しました!
他にも数種いただきましたが技も味も大満足でした。
この日は中対馬から上対馬北端まで
豊砲台跡の道迷いはこんな感じでした。
私の朝食はイングリッシュブレックファースト、奥さんは和食でした。
前回のブログのように、満潮を目指して西漕手と和多都美神社をまわり、
対馬では公衆トイレがどこにもあるわけではないこと、コンビニが極端に少ないことは昨日経験積みなので早めにトイレタイム。
神話の里自然公園に新しいトイレを発見。
豊玉町の烏帽子岳展望所へ。
韓国の観光客がバスで来ていました。
展望台からの浅茅湾、
峰町に入り峰町歴史民俗資料館へ、
弥生時代、朝鮮から来たもので対馬の国際性がうかがわれる。
梨地塗鞍。
ここで阿比留氏登場! 対馬と言えば宗氏の名が出てくるが、宗氏が支配する前の対馬は平安後期から阿比留氏の支配下にあり、現在でも阿比留という姓が対馬では一番多いということです。
切干切り機、
縄ない機、
ひくし(そば挽機)
対馬の国際性がうかがわれるベトナム陶器
高麗青磁
中国陶磁器
次に行ったのが上県町の目保呂ダム馬事公苑
対馬にも日本在来馬の対州馬が保存されていますが、ここでは乗馬体験もできるようです。
多分こちらが雌馬、まったりと大人しそう。
そして牡馬、鼻息が荒かった!
乗馬をするには事前予約が必要です。
路傍には見慣れない筒が林立、
対馬は日本ミツバチだけしか存在しないそうです。
それが対馬の誇りで、フェリーターミナルにも蜂洞が展示されていました。
お土産にも買った倭蜂(日本ミツバチ)の蜂王。
棹崎公園へ。
ここは岬になっていてツシマヤマネコが多く(とはいっても全島で100匹程度)保護区のようになっています。
対馬野生生物保護センター
残念ながらこの日は保護されている「かなた君」は体調不良で面会謝絶、
イエネコとの違いは耳が丸かったり、耳の裏が白いなど
以前訪ねたイリオモテヤマネコも100匹程度、系統も微妙に違っています。
虎耳状斑は共通しています。
人と鶏とツシマヤマネコの軋轢、人の生活と野生との矛盾点。
郷土料理いりやきもそんな軋轢の中にいます。
棹崎の先端まで登ってみます。
棹崎砲台位置経路図、
ここにも国境の島の現実が、砲台観測所の内部。
地下壕入り口、
砲台跡、
日本最北西端の碑と灯台、
これで日本の最西端、最南端、最北端と最北西端を踏破!
次には対馬の北端へ行きますが、その前に腹ごしらえ。
ごはん処あび米、農家の庭先にあった素朴だがちょっとお洒落なレストラン。
ここの女性オーナーも阿比留姓だとか、皆さん阿比留という名に誇りを持っているようです。
私は対馬名物とんちゃんのセット1300円、
甘辛いたれで豚の肩ロースを焼いた対馬北部のソウルフードです。
岐阜の御嵩にもとんちゃんがありますが、こちらは味噌味豚のホルモン、滋賀県の高島にもあるようですがそれは私も未体験です。
いずれも朝鮮文化が生きています。
ちなみに奥さんは焼カレーセット1300円。
最北端、上対馬町の韓国展望所。
韓国釜山まで49,5km、
航空自衛隊海栗島分屯基地。
豊砲台跡にも行きたかったのですが土砂崩落で車両は入れません、尾根道を歩けば1km程なので行って見ましょう。
しばらく行くと右足元でガサガサッと、その直後私の前を5頭ほどの鹿が右から左へと横切っていきました。
ここも国境の島を感じさせる防衛庁の境界石、
なおも突き進んでいきますが、
アレッ! 岬の先端に来てしまいました。
豊砲台跡を見過ごしてしまったようです。
仕方なく引き返し、金網に囲われた場所を発見。
豊砲台跡
ここに口径40cm、巡洋戦艦赤城の主砲と同じ規模の砲台が睨みを利かしていました。
砲塔の内部などにも入れるという案内がありましたが、雨も降ってきたので敗退。
対馬には砲台跡が31か所もあるそうです、さながら不沈戦艦。
古代の白村江の戦いから日清日露戦争そして太平洋戦争まで国境の第一線を担ってきた島の歴史です。
宿は比田勝港ですが、その前にわが社のお客さんの対馬工場へ立ち寄り、
アジやサバの処理をしている工場なので、トビやミサゴ、カラスなどが群れを成しています。
比田勝港国際ターミナル
宿は梅屋ホテル、
宿近くの地元スーパータケスエで、
白嶽の清酒とヤマネコ?の焼酎。
重くなるので不要な衣類などと宅急便で送りましたが、クロネコの人たちが厳重に梱包し、一つも割れずに無事届きました。(私が1週間日にちを間違ったので届いたのは27日でしたが)
ホテルの隣、みなと寿しでゆっくり美味しいものを。
かんぱちの胡麻和え、お漬物。
握りはマグロも含めて近海産(海老は違うか?)
穴キュウーは最高! これには感動しました!
他にも数種いただきましたが技も味も大満足でした。
この日は中対馬から上対馬北端まで
豊砲台跡の道迷いはこんな感じでした。














































































































































