信州秋の味覚 2020年10月26日10:25 

信州戸隠から思いがけない品が届きました!
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秋の味覚=きのこです。
先日三陸へ行ったら松茸が豊作という話を聞き、実際に天ぷらも味わいましたが、信州は松林も大きく枯れて今年は松茸も高嶺の花です。岩手から買って来ればよかった、と悔やみましたが、

届いたキノコは、コウタケ、サクラシメジ、ショウゲンジ、ジコボウ、カンコウ等、
これらの雑キノコ、何で食べよう? 
信州ならこれ!  キノコと馬肉のすき焼き以外にありません。

コウタケ、?、?  袋から出したらコウタケ以外は判別つかず?
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GOOD! なことに信州(山梨?)産馬肉が手に入りました、それも肩ロース。それと和牛の艫(とも)サンカク。
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調理を始めたら今度は食べることに熱中、またまた肝心な写真を忘れましたが、キノコの微妙な味わいとあっさりした馬肉がマッチ、オイリーさが足りないと思ったら少し艫サンカクを追加して秋の夜長を楽しみました。

会津、三陸を行く④ 2020年10月25日14:33 

10月18日、この日は八戸から松本まで約900kmを一気に帰る予定でしたが、疲労も蓄積、大丈夫?という心の声を聴き、高崎に今夜の宿を取ることにしました。

折角八戸に来たのだからどこか良いとこないかな? と昨晩探して見つけたのが「根城」
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南部氏の城館跡、何に興味をひかれたのか?
南部氏とは東北北部に権勢を誇った氏族だということは知っていましたが、そもそものルーツは知りませんでした。何と南部氏のルーツは甲斐の國、身延から駿河に抜ける県境にある南部町がルーツと知りました。

根城は南部氏の祖、南部師行が建武元年(1334年)、建武の中興でおなじみの南北朝時代に建てました。
甲斐の國南部町の御家人であった師行は北畠顕家に従い奥州における南朝方の中心的な存在として活躍したそうです。
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南部氏と言えば戦国時代に奥州で伊達氏などと覇権を競った豪族と思っていましたが、隣の山梨県出身ということで親しみを覚えます。
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根城南部氏は寛永4年に遠野へ領地替えになるまでここを中心に栄えました。
昭和16年に国指定史跡となり、平成6年に史跡公園として整備されました。

空堀
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主殿
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日本百名城として平成18年認定
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主殿における正月の儀式
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武器や武具を作る工房
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その内部
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弥生時代の竪穴式古墳のような納屋
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その内部
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根城は、安土桃山時代以降の近代的城郭とは違い、何となく奥州の素朴さと大らかさを漂わせる城郭です。
白にも個性や地域性が盛り込まれるものということが分かります。

八戸から高崎まで約600km、
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宮城の鶴巣PAで昼食、味炒飯味噌ーメンセット
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途中福島あたりから混み始め、宇都宮からは渋滞にはまり、やっぱり高崎に宿をとって正解。
高崎着は18時ころとなりました。

翌朝は一路信州松本へ、高崎弁当のとり飯を買って帰りました。
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もちろんお土産はかもめの玉子

4泊5日での走行距離は1765km。出雲行より100km程長いドライブでした。







会津、三陸を行く③ 2020年10月24日12:25 

10月17日、大船渡に泊まった翌朝は地元の碁石海岸へ、
海岸沿いの松並木、信州の松林のような松枯れ被害にあっていません、見事な松です。
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宮古の道の駅に寄った際にも松茸が売られていましたが、結構お得になっていました。
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昨晩の夕食でもサービスとして松茸の唐揚げ(天ぷら?)が出てきました。
信州の松茸は今年も高根の花ですね。お土産に買って帰ればよかった⁉

碁石海岸の雷岩、波が打ち付けられるたびにドドーンと雷のように響きます。
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以前は黒碁石のような玉砂利が敷き詰められていた碁石浜、東日本大震災の津波でさらわれてしまったのでしょうか? 昔見た面影がありません。
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次に向かったのが宮古、宮古と言えば浄土ヶ浜、浄土ヶ浜周遊遊覧船に乗ります。
桟橋にはなぜか?土方歳三
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ここで思いがけなく彼の足跡をたどってきたことが判明。
彼が副長をしていた新選組が解体され、1868年大鳥圭介等旧幕軍に合流、宇都宮で負傷し、会津でその傷を癒したのが東山温泉。昨日その温泉に私も浸かったわけです。
東北を変転したのち舞台を函館に移した彼は翌年3月、新政府軍の甲鉄艦奪取のためにここ宮古湾海戦に参加、旧幕軍の回天で日本初の洋式海戦を演じるが敗退、函館に退いた。
という足跡の一端を確認できました。

浄土ヶ浜といえばウミネコ。
船が出航するとすぐに販売されたのがウミネコパン。
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アオサやアカモクなど海藻を練りこんだウミネコ仕様のパンです。地元の社会福祉法人が作っています。
これをちぎって船に群がってくるウミネコに与えるわけです。
浄土ヶ浜をバックに飛翔するウミネコ、
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パンをかざします。
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のけ反りながらも見事キャッチ!
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こんなアトラクションも人気の秘密、
ローソク岩や
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潮吹穴、(ウミネコの羽の先にかすかに見える)
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地質を知るうえで大切な古代地層が見られる日出島、ウミツバメの営巣地としても貴重です。
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そんな名所も見学しながらクルーズも終盤、
船長さんから新たなプレゼンが、
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船長さんのサイン入り写真集の販売です。
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この船長さん、東日本大震災の時には機転を利かせてこの船をいち早く外洋に出しました。
その時の体験談を聞きました。
「津波を乗り越えた時のショックは?」⇒「海全体がかさ上げされていたので、何のショックもなかった。海岸に着いた津波は海底が浅くなるにつれて盛り上がってくるが、外洋では影響が少ない」
「外洋から岸辺を見ていると、津波が白い帯のように海岸にぶち当たっている光景を見てショックだった」
「津波は桟橋の上まで(写真の部分は海没)達した、桟橋にあった事務所にあった器物が吸い出されてしまった」
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などと語ってくれました。
また今回乗った船「陸中丸」は来年1月で定年を迎え、この遊覧航海も終わるそうです。
ウミネコとの触れ合いも無くなり寂しいことですね。

その後、宮古湾海戦記念碑を確認
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そろそろお昼、海風で冷えた体をラーメン餃子で温めて、
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久慈へと向かいます。

三陸自動車道(E-45)、所によっては国道45号線を北へ、
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津波で流されてしまった地域、一面何もなし、そしてかさ上げ堤防
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久慈の市街地に近づくとダンプやクレーンなどの工事車両が多く目につきます。いたるところが未だに工事中です。
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あまちゃんで有名になった小袖海岸の夫婦岩
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などを見て、

今回の旅行で私が一番行きたかった種市海岸へ
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なぜ種市海岸か?
というと、昔鶏肉の産地視察で久慈に来た時、一人で八戸線の鈍行電車の乗って久慈から八戸に行った際、ここ種市のたおやかな海岸線に心を癒されました。
という思いでがあります。
が、その海岸線は頑丈巨大な堰堤で仕切られています。
砂浜はその当時の面影を留めていますが、何か違います。
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砂浜からは八戸線の電車の音も聞こえるので線路は遠くない、私が見た場所とは違うのか?

堰堤の頑丈な門扉、
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八戸線はこの堰堤の陸側です。津波の被害甚大なこの線路、震災後には全て堰堤に守られるようになったのか?
しかし門扉の建設は平成3年、
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震災よりず~っと前です。
よくわからないままで、日も暮れるので八戸へ、青森県に入ります。
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この日のお宿はドーミーイン本八戸、夕食付ではないので街に繰り出し、
八戸まで新幹線が延伸した際に作られたみろく横丁などをブラリブラリ、
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横丁前にあった「禄文銭」へ、信州上田=真田氏の六文銭と縁はあるのか?
八戸まで来たならせんべい汁
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汁専用南部せんべいを煮込んだご当地グルメ、さすが煮込んでも崩れない、歯ごたえのあるせんべいと野菜、鶏スープにホッコリ。
これも八戸名物〆銀さば、そして〆鰯、ひらめの刺身。
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このお店名物のトロトロたこ焼き
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などをいただき腹も満ちてホテルへ、
八戸は思った以上に賑やかですね、ゆっくり滞在しても見どころがたくさんありそうです。

明日は朝から「根城」へ行こう!















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