宮本常一 2018年02月18日17:23 

「宮本常一」
この名前を初めて知ったのは、10年前の高知県檮原(ゆすはら)
高知の四万十川、源流に近い村でした。
千曲川流域学会という長野大学の大野先生主宰の見学ツアーで農家民宿に泊まり、地元の村職員の方が「この村は坂本竜馬が脱藩した時のルートです」ともう一つ「宮本常一さんがこの村へ調査に訪れた」ということを胸を張って語られたのですが、私は坂本竜馬脱藩のことは知っていたのに、宮本常一という名前は知りませんでした。
その後調べたところ、この方は、民俗学の世界では戦前の柳田国男に比肩しうる戦後の偉大な民俗学者です。
離島や山間へき地を踏破して失われつつある日本の民衆民俗史を綴ってきた人。

先日、松本の古本屋を訪れた際目にして早速買い求めたのが右の本。
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何と上高地付近を歩いていたのです。
読んでみると、上高地へ遡る梓川に奈川渡ダムや稲核ダムができつつある時に訪れていたのです。
そのころ私は小学生、母に連れられてダム建設の飯場を訪れ、超巨大な土木用ダンプに乗せてもらったという強烈な思い出があります。
ダム建設やその後の乗鞍スーパー林道工事で、梓川周辺や奈川から薮原への一帯は大きく変貌しましたが、その直前の風景や民俗を詳しく伝えている貴重な本でした。

この本に触発されて、この「私の日本地図」全15巻を買ってしまいました!
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昭和42年から51年にかけて出版された本の、全て初版本!
もちろん古本ですが、私には貴重なコレクションになりそうです。

これらの本を読むのはもちろん、この本を携えてそれぞれのご当地を訪問、昔と今の比較や、残っているかもしれない昔の姿を探訪するのも楽しみです。

とりあえず第1巻は天竜川、第2巻が上高地周辺なので、地元から民俗学的視点で歩いてみたいと思います。

松本ジビエ&ハンターズフォーラム 2018年02月13日15:46 

新進気鋭の居酒屋、松本市中町の「くりや」にて上記の会がありました。
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入り口で猟友会さん指導のシューティングゲーム体験から入店、
最初は信毎新聞連載の「猟師になりたい」でおなじみの北尾トロさんが仕切るトークショウから。
信毎のアニメの北尾さんと本物がそっくり! すぐ分かりました。

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話している人は「山崎商店」の山崎さん、ジビエの処理場を昨年立ち上げた人。
10年間の執念で処理場建設にたどり着きました。
隣が店主の砂子さん。今年1月から狩猟に目覚めました。 北尾さんの軽妙なトークで、普段なじみのない狩猟やジビエの話題を身近に伝えてくれました。

腹もすいたころ、待ちきれなかった食事会の開催です! メニューを紹介

猪の大和煮と鹿のビール煮
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あばら骨ごと煮込んだトロットロの豪快な料理。 背骨の中の骨髄もトロットロで凄い珍味!
食感は白子のような?

真鴨
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葦鴨
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鴨は水鳥のためか、モモが小さく、ほとんどがムネ肉(鴨ロース)これを出汁つゆに入れてしゃぶしゃぶしていただきました。
同じ鴨でも種類が違うと風味も別物、新しい発見でした。


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牡丹(猪)
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雉と牡丹は残念ながら品切れ完売で味わえず。

穴熊
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初めて出会う肉、薄くスライスしてあったけどかなり固い肉、罠猟で捕獲したそうです。味は野生の滋味横溢ということにしておきましょう。
以上はすべて鍋仕立て

2種のサラダ、鹿と猪のそぼろ添えです。
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3種のロースト
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猪、鹿、そして熊です! 熊は好評にて売り切れ寸前。

鹿の唐揚げ
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醤油味と塩味

猪、鹿メンチ
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炭火で焼いた鹿肉スペアリブ
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鹿はバラの部分が薄く、肉はちょっとしか付いていませんが、見た目のインパクトと合わせれば価値が出そうです。
全く凄いメニューです! それ以外に〆には手打ちそば、+ワンドリンク付で2700円
考えられない値段と価値!
前日に野鳥の保護を訴える会合に出席、そして今日は野生を食いつくすというイベントに、大きな視野で捕えられたような気がします。
いずれにせよ、どちらも真面目、多様な価値観の中で選択するのは自分自身です。

鳥の道を越えて 2018年02月11日11:07 

昨日映画を見てきました。
信州野鳥の会がひらく公開講座「野鳥と文化を考える」
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映画は「鳥の道を越えて」
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私も以前から興味をもっていた「鳥屋」(とや)を主題にした、まだ若い監督今井友樹さん(39歳)が幼いころ、祖父から聞いた「あの山の向こうに鳥の道があった」という言葉を確かめるというドキュメント映画です。

鳥屋とは? 戦前から戦後にかけて岐阜の東濃地方から木曽路、そして中信に至る冬の渡り鳥の通り道に点在した、野鳥をカスミ網で捕え、それを調理したりそのまま売ったりしていた生業がありました。
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昭和22年にGHQの命令で違法とされましたが、その後も密かに続けていた人がいました。

私が興味を持ったのは、東濃と中信で同じ食文化があったということ。戦後衰退したとはいえ、それは鳥を食べるということで、東濃では「鶏ちゃん」に、中信では「山賊焼」に転化したのでは? ということ。

食文化と言っても違法になっては存続できないもの。しかしそれを生業としていた多数の人々がいたこと、鳥屋を営むにも自然や野鳥に対しての細やかな経験や技法が存在していたこと、私の故郷=浅間温泉にも鳥屋が存在していたこと、私も登ったことがある三才山の戸谷峰も「鳥屋」と関連があるなど様々な勉強ができました。

何よりも大きな気づきは「鳥が好んで食べる木の実は鳥の腹の中を通って新たな土地で芽生え、そこが新たな鳥の道となった」ということです。自然の食物連鎖の新たな発見でした。

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