上田城址、松山記念館 2026年03月25日15:40 

3月25日、あいにくの曇りのち雨。

以前から気になっていた馬犂(ばすき)の博物館が上田にあるということで出かけました。

ゆっくり上田城址を散策したことがなかったので、
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真田神社
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興味深かったのが本丸土塁の隅欠(すみおとし)
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城の北東(鬼門)を欠くことで魔除けを込めたもの。

戊辰の役には上田藩からも従軍したことを初めて知りました。
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赤松小三郎の記念館があるそうですが、
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幕末の海軍伝習所や国会設置の建白書を出した人が信州にいたとは! 佐久間象山にも比肩する人ですね。

丸子にある松山記念館、
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現在のNIPLO松山株式会社につながる勝山源造につながる馬犂の博物館です。
でも入り口には鍵が、そして電話をかけるようにと案内が。
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ちょうど館員の方が銀行へ行っていたみたいです。

旧型の馬犂、
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これは馬にひかせた犂で土を起こすだけでしたが、
松山はこれに改良を加えて、犂を左右に反転させることで
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起こした土で畝を作ることもできる優れもの。
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また引かせる角度も微妙に調整できたことで、簡単な操作でも操りやすく耕運機ができる以前には大きく普及したということです。
各社馬犂のコレクション、
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これら競合対策で、特許権を守るためにも苦労したことが偲ばれます。
また、このような私設の博物館を支える努力と苦労も大したものと言わずにはいられませんね。


お昼は上田名物あんかけ焼きそば、
日昌亭支店では開店と同時に行列が、
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やきそばとワンタンのセット(1190円)
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辛子酢をかけて美味しくいただきました。


岬と峠紀行(東美濃)岩村城址、苗木城址、中山道 2026年03月20日11:05 

3月20日、今日は日帰りでお隣の県岐阜の東美濃へ、

中央道を飯田山本で下りて、
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阿智から平谷村そして根羽村を経て愛知県境を豊田市へ、
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国道257号線へ右折して岐阜県は恵那市へ入りました。
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道の駅上矢作で一服、
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右折岩村城址の看板を、
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車がすれ違うのも困難な細い山道を登っていくと、
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想像に反して? 立派な石垣が!
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山の中且つ城址ということで、森に覆われ誰もいなくて熊でも出るのでは?と慄いていましたが、10人以上の参観者がいる開けた山頂です。

休憩所には歴代城主が、その中に森蘭丸を発見。
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わずか3か月だけ城主を務めたのでしょうか?
などと思いながら本丸へ、
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天守は最初から無く、櫓などが建っていたようですが明治の廃城令で競売に付され取り壊されたそうです。
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そしてここに興味深い案内板が、
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武田氏討伐でこの城に着陣した織田信長は、ここに滞在した時に武田勝頼の討ち死にを知り、そのわずか80日後、6月2日には本能寺で明智光秀の謀反によって自刀しましたが、森蘭丸も信長と共に本能寺で散っています。
ということで森蘭丸が3か月だけの城主ということも頷けます。
また女城主というのは遠山景任の妻ですが、この人は織田信長の叔母おつやの方だったそうです。

岩村城下へ下りてみます。
岩村歴史資料館、
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日本三大山城は、ここと備中松山城、大和の高取城だそうですが、1月に備中へ行ったとき見損なった城ですね。
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岩村城下は懐かしい風情が残っています。
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そこから一路恵那市外へ、そして国道19号線を中津川へ、
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国道沿いにあった東雲、釜飯と鶏ちゃんのお店で、
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奥美濃古地鶏の釜めし1780円。
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30分待つと、ふっくら釜めしが出来上がり。
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中津川を国道257号線で下呂方面へ、
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そこにあるのが苗木城址、
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ここも明治の廃城令でつぶされましたが、それ以前の雄姿。
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駐車場から10分ほど、大矢倉の脇を登ると
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本丸は巨岩の上に、
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天守はこの二つの大岩の上に建っていたそうです。
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眼下には木曽川が、そして現在リニア新幹線の橋脚工事の真っ最中。
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駐車場脇には苗木遠山資料館、
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ちょっと中山道散歩?
県道7号線を馬籠方面へ、
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中山道落合宿本陣、
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そして馬籠まで足を延ばしましたが、
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馬籠峠から長野県に入り木曽路を帰ろうか?とも思いましたが、神坂のスマートインターが目の前にあるので高速で帰る妥協。

岡谷で下りて、奥さんへのお土産は新鶴の塩羊羹。
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この日の走行距離は379km、
所用時間は9時間30分でした。

行程は
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岬と峠紀行(美濃、伊勢、甲賀、伊賀③)島津の退き口、神君伊賀越え 2026年03月12日14:39 

今日は美濃、伊勢、甲賀、伊賀の最終日、
写真データが無いので簡潔に、

鈴鹿へ来たならやっぱり鈴鹿サーキットへ、
半月後にはFー1の日本グランプリが開かれますが、まだ閑散としているサーキットの外周をちょっと半回りして、家康が伊賀越えの際三河へ向かって船出したという白子の浜へ、
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折角伊勢湾に来たのだからと国道23号線を南下し、
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昨年2月にはフエリーで鳥羽に上陸、その後紀伊半島を周りましたが、鳥羽以北は未踏の地なのでその道を鳥羽まで行きます。
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やはり未踏の地には何かある!
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松浦武四郎記念館を発見!
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松浦武四郎とは江戸時代の北海道以北を旅した探検者。
北海道では何度もこの名前に遭遇しましたが、ここ松坂が生誕地だったとは!

彼の生誕地の土蔵にはこのころの記録が大事に保存されていて、その資料が展示されていました。
ここなら1日かけても見ていたい、という感激の出会いでした。

 ↓
伊勢を通過して鳥羽のフエリーターミナルで折り返し、
 ↓
スシローで腹ごしらえ、伊勢自動車道から高速に乗って帰路につきました。

三日間の軌跡は
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でした。

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