1月28日と29日はまとめます。
28日は8:30にスタート。
阪神高速北神戸線の有馬口ICから、最初に目指すは義経の故事でお馴染みの鵯越(ひよどりごえ)。
藍那ICで下りて、
ひよどりごえ森林公園を目指します。
公園事務所に聞いたところ、「ひよどりごえという場所はもう一つあってここが旧跡だという明確な位置づけはありません。」
の言葉にガックリ、一の谷という地名が須磨海岸にもあるのでもしかするとそっちかも?
今日のスタート地点を和田岬、それと和田岬砲台と決めていたので、長田を経て和田岬へ。
地図上では分からなかったのですが、和田岬一帯は三菱重工の敷地になっていました。
さすが厳重な車止めもあり、ビビりながらも聞いたところ「和田岬砲台は毎月第2木曜日に見学会があるので事前申し込みをしないと入れません、車での侵入もお断り。」
神戸の西側海岸線の起点として予定していたのに残念! 事前調査の必要性と計画性の無さに自分ながら腹が立つこと。
須磨海岸付近も巨大建物に埋め尽くされて須磨の浜を遠くから覗くのみ。
国道2号線を明石へ、明石海峡大橋をくぐり、
そういえば昨年の4月にこの橋を通って淡路島へ行きました。
明石は東経135度子午線が通っているので明石天文科学館へ、
ところがここも工事中、今日はついていませんね。
それではということで明石城址にある明石市立文化博物館へ、
ここの目玉は明石原人。
発見者の直良信夫と出土した西八木海岸。
明石人は新人?現代人の一つ前の人類です。
雌雄2頭のアカシゾウの骨格標本、
明石焼きでお馴染みのタコを採るたこつぼや漁具、
初めて存在を知った明石型生船、活魚を生け簀で運搬するための船。
明石城址には巽櫓と坤櫓というふた棟の重要文化財がありますが、これはたぶん坤櫓。
明石城址を出て西八木海岸へ、明石原人腰骨発見地。ここで発見されたと思うと感慨ひとしおです。
やっと瀬戸内海とご対面。
すでに昼飯時、まだ今日の目的地である岡山まで三分の二以上を残しています。
兵庫県と岡山県の両方を走破するとは目標を欲張りすぎたとちょっと後悔。
急がねば、海岸沿いを走る国道250号線を行く予定でしたが、
姫路城には行ったことがあるのでパス。
姫路バイパスを使って時間を稼ぎます。
そして着いたのは龍野市の揖保川沿い。
揖保乃糸そうめんの里で見学と共にランチをいただきます。
併設の食事処庵にてそうめんチャンプルー1000円也。
2階はそうめんの里資料館。
興味深いのはそうめん作りの今昔。
明治のそうめんづくり、
そして現在のそうめんづくり、
各所に手作業が残されています。
そうめんづくり、麺体からひも状に太い生地を切り出し、
これも年代物の機械で細くのしていきます。
そして実地で体験できる「やってみようコーナー」
「小引」と「さばき」を疑似体験できました。
資料館の奥から工場の包装ラインが見られます。
さあ帰ろう、と思ったらそうめんを延ばす実演が。
この作業は現在でも一部機械化は出来ていません。
触らせてもらうと、棒に架かった端の部分(ばち)は細く伸ばされていますが、中心部は何となく太目。
解説の女性の説明では、細くなった部分は乾いてそれ以上伸びないが、太い部分は若干水分を含んでいるので伸びるとのこと。いずれにしても時間と力加減の絶妙なバランスが必要です。
少しづつ伸ばす過程で何度も熟成時間を取りグルテンを行きわたらせ、待ちの時間と伸ばしを繰り返すなど、何だか人を成長させることと同じ極意だと気づきました。
赤穂もパスして岡山県総社へ、
ここで見たいのが備中高松城址、秀吉の奇策の水攻めで陥落させたお城です。
本能寺の変をいち早く知った秀吉が、毛利方との和解を素早く締結し光秀討伐に駆け戻ったいわくつきの古戦場。
湿地にかかった板橋の向こうが本丸跡、水面との比高は4m程しかありません。
そして備中高松城資料館は3時の閉館間際でした。
一人落城の責任を取って自刃した清水宗治の首塚、
城址から100mほどのところが清水宗治の自刃の地。
宿に入るには少し時間があるので昭和レトロのまち玉島商店街へ、
3か所あるという商店街ですが、どうやら一番閑散としたところへ来てしまったようです。
折角ですが時間切れ、今日の宿瀬戸大橋温泉やま幸へ、
健康ランドのようですが温泉のようです。
この日の走行距離は261km
所用時間は8時間でした。
経路は以下の通り
宿泊棟とは別棟の食事処で牛すき焼きメインの夕食。
ここでも鯛のかぶと煮がお勧め、瀬戸内ではどこでも鯛が豊富に獲れるのでかぶと煮が名物としていきわたっているようです。
そして朝食も十分な量がありました。
最終日29日は備中松山城へ行こうかと思いましたが、天気予報では関ケ原あたりがやばそうなので一路帰ることに。
暖かい岡山でもフロントガラスに霜が降りていました。
岡山ICから山陽自動車道へ、
龍野西SAでは
香川名物の骨付きどりと鶏油を
京滋バイパスを抜け、複雑なジャンクションをいくつも通り阪神高速へ、
多賀SAで昼食、
やはり関ケ原は雪、このままいけばかなり積もりそうです。
早めに帰ってきてよかった!
ということで無事帰ってきました。
夕飯の肴のあてには骨付き鶏、鶏油で両面をじっくりあぶっていただきました。
この日の走行距離は555km
所用時間は8時間。
3日間の走行距離は1324km、やはり瀬戸内へ行くのは遠いものです。
次回はもう少し山陽道を細分化してこまめな計画を立てたいと思います。
また来る途中で気づいた大垣から桑名へ行く道筋=旧伊勢街道や伊賀、甲賀そして信楽など未知の地域も回り残しています。
3日間の行程は
でした。
28日は8:30にスタート。
阪神高速北神戸線の有馬口ICから、最初に目指すは義経の故事でお馴染みの鵯越(ひよどりごえ)。
藍那ICで下りて、
ひよどりごえ森林公園を目指します。
公園事務所に聞いたところ、「ひよどりごえという場所はもう一つあってここが旧跡だという明確な位置づけはありません。」
の言葉にガックリ、一の谷という地名が須磨海岸にもあるのでもしかするとそっちかも?
今日のスタート地点を和田岬、それと和田岬砲台と決めていたので、長田を経て和田岬へ。
地図上では分からなかったのですが、和田岬一帯は三菱重工の敷地になっていました。
さすが厳重な車止めもあり、ビビりながらも聞いたところ「和田岬砲台は毎月第2木曜日に見学会があるので事前申し込みをしないと入れません、車での侵入もお断り。」
神戸の西側海岸線の起点として予定していたのに残念! 事前調査の必要性と計画性の無さに自分ながら腹が立つこと。
須磨海岸付近も巨大建物に埋め尽くされて須磨の浜を遠くから覗くのみ。
国道2号線を明石へ、明石海峡大橋をくぐり、
そういえば昨年の4月にこの橋を通って淡路島へ行きました。
明石は東経135度子午線が通っているので明石天文科学館へ、
ところがここも工事中、今日はついていませんね。
それではということで明石城址にある明石市立文化博物館へ、
ここの目玉は明石原人。
発見者の直良信夫と出土した西八木海岸。
明石人は新人?現代人の一つ前の人類です。
雌雄2頭のアカシゾウの骨格標本、
明石焼きでお馴染みのタコを採るたこつぼや漁具、
初めて存在を知った明石型生船、活魚を生け簀で運搬するための船。
明石城址には巽櫓と坤櫓というふた棟の重要文化財がありますが、これはたぶん坤櫓。
明石城址を出て西八木海岸へ、明石原人腰骨発見地。ここで発見されたと思うと感慨ひとしおです。
やっと瀬戸内海とご対面。
すでに昼飯時、まだ今日の目的地である岡山まで三分の二以上を残しています。
兵庫県と岡山県の両方を走破するとは目標を欲張りすぎたとちょっと後悔。
急がねば、海岸沿いを走る国道250号線を行く予定でしたが、
姫路城には行ったことがあるのでパス。
姫路バイパスを使って時間を稼ぎます。
そして着いたのは龍野市の揖保川沿い。
揖保乃糸そうめんの里で見学と共にランチをいただきます。
併設の食事処庵にてそうめんチャンプルー1000円也。
2階はそうめんの里資料館。
興味深いのはそうめん作りの今昔。
明治のそうめんづくり、
そして現在のそうめんづくり、
各所に手作業が残されています。
そうめんづくり、麺体からひも状に太い生地を切り出し、
これも年代物の機械で細くのしていきます。
そして実地で体験できる「やってみようコーナー」
「小引」と「さばき」を疑似体験できました。
資料館の奥から工場の包装ラインが見られます。
さあ帰ろう、と思ったらそうめんを延ばす実演が。
この作業は現在でも一部機械化は出来ていません。
触らせてもらうと、棒に架かった端の部分(ばち)は細く伸ばされていますが、中心部は何となく太目。
解説の女性の説明では、細くなった部分は乾いてそれ以上伸びないが、太い部分は若干水分を含んでいるので伸びるとのこと。いずれにしても時間と力加減の絶妙なバランスが必要です。
少しづつ伸ばす過程で何度も熟成時間を取りグルテンを行きわたらせ、待ちの時間と伸ばしを繰り返すなど、何だか人を成長させることと同じ極意だと気づきました。
赤穂もパスして岡山県総社へ、
ここで見たいのが備中高松城址、秀吉の奇策の水攻めで陥落させたお城です。
本能寺の変をいち早く知った秀吉が、毛利方との和解を素早く締結し光秀討伐に駆け戻ったいわくつきの古戦場。
湿地にかかった板橋の向こうが本丸跡、水面との比高は4m程しかありません。
そして備中高松城資料館は3時の閉館間際でした。
一人落城の責任を取って自刃した清水宗治の首塚、
城址から100mほどのところが清水宗治の自刃の地。
宿に入るには少し時間があるので昭和レトロのまち玉島商店街へ、
3か所あるという商店街ですが、どうやら一番閑散としたところへ来てしまったようです。
折角ですが時間切れ、今日の宿瀬戸大橋温泉やま幸へ、
健康ランドのようですが温泉のようです。
この日の走行距離は261km
所用時間は8時間でした。
経路は以下の通り
宿泊棟とは別棟の食事処で牛すき焼きメインの夕食。
ここでも鯛のかぶと煮がお勧め、瀬戸内ではどこでも鯛が豊富に獲れるのでかぶと煮が名物としていきわたっているようです。
そして朝食も十分な量がありました。
最終日29日は備中松山城へ行こうかと思いましたが、天気予報では関ケ原あたりがやばそうなので一路帰ることに。
暖かい岡山でもフロントガラスに霜が降りていました。
岡山ICから山陽自動車道へ、
龍野西SAでは
香川名物の骨付きどりと鶏油を
京滋バイパスを抜け、複雑なジャンクションをいくつも通り阪神高速へ、
多賀SAで昼食、
やはり関ケ原は雪、このままいけばかなり積もりそうです。
早めに帰ってきてよかった!
ということで無事帰ってきました。
夕飯の肴のあてには骨付き鶏、鶏油で両面をじっくりあぶっていただきました。
この日の走行距離は555km
所用時間は8時間。
3日間の走行距離は1324km、やはり瀬戸内へ行くのは遠いものです。
次回はもう少し山陽道を細分化してこまめな計画を立てたいと思います。
また来る途中で気づいた大垣から桑名へ行く道筋=旧伊勢街道や伊賀、甲賀そして信楽など未知の地域も回り残しています。
3日間の行程は
でした。


































































































































