私の健康、ストレス解消法 2020年04月26日14:35 

コロナ禍で世の中が逼塞状態です。
東京などでは外出制限、そして公園などは過密状態。
ストレスが溜まりますね、そして体も動かせない。

私は去年からスマホに万歩計アプリを入れました。
去年の7月が15,3万万歩 8月が13,5万歩、 9月が13,8万歩、 10月が11,7万歩、 
11月が17,1万歩、12月が11,3万歩でした。意識しないで歩いていればそんなもんでしょう。

そして新年に決めたことが、月あたり20万歩を目標にしよう!
なぜか?  1日に1万歩を歩くことが健康に良い、というような説がありましたね。
でも毎日1万歩はきつい!
そこで2日に1日は1万歩=月あたり15万歩、そして1日に3千歩なら意識しないでも歩いている。
ということで、15万歩+3千歩×15日=20万歩が無理のない線か、という計算です。

そして1月が22,4万歩、 2月が22,9万歩、 3月が21,3万歩と20万歩をクリアーできました。

4月に入り、コロナの緊張もますます強っていますが、今日で20万歩を突破しました。
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走行距離も140km、松本から山梨の大月位ですかね。塵も積もればです。

歩数や距離と共に楽しみなのが季節の移ろい。特に春は格別です。

山の小径にも新芽の芽吹き
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そして草も萌え始めました。
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桃の花?
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この日は浅間温泉から北洞を目指しましたが、南洞からの大滝山
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山一つ越えた北洞を目指す途中の山腹には古い祠?
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大日不動尊か? 後光が射しているようです。
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そして北洞からは常念岳が
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初めて目にした北洞への開道記念碑
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春の風物詩の田起こし
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水も張って田植えの準備
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もちろん桜ですが、ちょっと盛りを過ぎたかも。
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もう一つ、この春目覚めたのが河原歩き。
山道であれ、遊歩道であれ、舗装路であれ毎日のように歩いていては飽きもきます。
身近にあっても歩こうと思わないのが河原。
こんな整備された草地なら散歩も気持ちよいですが、
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この川を上流まで遡ったらどうなるか?
ということで橋の下をくぐって
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しばらく行くと芝生から雑草ぼうぼうの草地に、
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ここからが正念場、お滝です。
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小学校の低学年時、本郷小学校にプールがありませんでした。
水泳の授業はここ、お滝でやりました。

一級河川 女鳥羽川
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いよいよ荒れ地です、ワイルドですね。
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でも気持ちよさそうなビーチ?もあります。
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河原の典型的な風景、石ゴロゴロ
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そして今の時期、農業用水の取捨もたけなわ。
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水路が様々に変化して、ちょっと気を抜くと
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もっと上まで踏破するには長靴無しでは無理でした。

いつもは歩かない場所にも新たな発見がありました。
山の小径は傾斜がきつくて難儀ですが、河原歩きもそれに勝る歩きにくさ。
大岩ゴロゴロから足を取られる砂地もあり、見た目平坦な河原の歩き難さは山以上。

昨年から始めた峠走破の際に疑問に思っていたこと=昔の人は平坦そうな川沿いの道を作らず、なぜ険しい山の道筋を選んだのか?
坂道は登りでは苦労ですが、降りは楽ちん快適。また馬や牛に荷物を積んで石ゴロゴロの河原を歩くことは実際問題として不可能、牛馬の足を折ってしまいかねません。
また山はどれも変形ながら三角錐。土砂崩れは山の常備の一つに石から始まり、崩落に連れて山肌の広範囲な土砂を巻き込んで広域化します。
川も増水すると上流から下流域まで全て流されます。
よって、なるべく山の上部に道を作れば土砂崩れで流される道の距離は短くなる=復旧が短時間で終了、となるわけです。
古からの輸送路であった街道や峠も、その当時の経済に依存していたからには復旧に時間を取られず、安定した輸送力を求められていたことは明らかです。
こんなことも頭で考えただけでは分かりません、 自身の足で歩いてみると実感一入でした。

ついでに、河原にはこんな石が転がっていました。
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足で一撃を加えると
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堆積岩が風化して脆くなり、そのうちには砂になってしまうのか?

もう少し温かくなればバイクで峠探訪始めたいのですが、この頃の信州はコロナに加えて地震も心配ですね。

ということで私の健康、ストレス解消法でした。









白骨温泉から飛騨古川へ、そして木曽路へ 2020年03月29日16:45 

3月25~26日にかけて、温泉を楽しもうと出かけました。
25日は白骨温泉の「白船新宅旅館」、26日は木曽町の「おん宿蔦屋」を予約、ただ旅館の間をドライブするだけでは面白くありません。
2軒の旅館の間をどのようなルートで結ぶのが面白いか? が課題です。

何度来ても白骨の温泉は素晴らしい! 乳白色の温泉には美肌効果以上の効能があるようです。
一口飲むだけでお腹がスッキリします。それとともにもよおしてくるのは胃腸にも効いている証拠と身をもって感じます。
温泉と旅館やお料理を記録するのを忘れてしまいました。
翌朝、宿の人に聞いた特別天然記念物が宿から10mのところにありました。
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白骨温泉の噴湯丘と球状石灰岩

翌日の地元紙に、この一帯を効果的に保存しようという動きがあることを知りました。これからが楽しみです!

夜の間に翌日のルートを決めました。
白骨温泉から安房トンネルを抜けて高山へ、そこから乗鞍岳の西麓を走る国道361号線を木曽方面へ、その間には野麦峠へ抜ける道があり、以前に訪問した開田高原の長峰峠を通る道でもあります。

安房から高山へは1時間ほど、本来なら安房峠へ登って降る旧道を通りたかったのですが冬季閉鎖中。

高山市内へ入り、国道361号線へのルートを探る過程で見つけたのが飛騨市へ行く案内看板。
高山から単純に木曽へ抜けるだけでは時間も余ってしまいます。そこで南へ行くのではなく、北へ進むルートで飛騨市へ向かいます。
飛騨市と言えば市長の都竹さん。
以前に信州の山賊焼と岐阜の鶏ちゃんが「鶏和修好条約」を結んだ際の、鶏ちゃん側の鶏ちゃん合衆国の国務長官が彼でした。
その後出身地の飛騨市古川町に戻られて市長選に出馬、見事に市長の座を射止められ、現在2期目を務めています。
都竹さんから古川の魅力をたっぷり聞いています。お祭りにもぜひ来てほしいとのお誘いもありました。

そんな思いもあっての訪問です。
飛騨市へ入る間際の国府
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案内を見るとここにも魅力がありそうです。

そして飛騨市古川、そこにある飛騨市庁舎は観光客のために無料駐車場になっています。
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飛騨市の地図、ニュートリノ観測のカミオカンデで有名な上岡町も市内にあります。
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市役所周辺に観光スポットがまとまっていますから散策には好都合。
飛騨古川まつり会館
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残念ながら館内入れ替え中のため休館中、祭りに使う屋台を展示するところは高山と似ています。
町内には9台の屋台があるということです。
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そして祭りの中心起こし太鼓
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本番のお祭りではこの太鼓の上に背合わせで2人の若者がまたがって太鼓をたたくそうです。

飛騨の匠文化館も休館中
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そこから指呼の間にあった麒麟台という屋台の収納庫
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こんな雄姿、絡繰り人形も凝っているようです。
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白壁土蔵街を散策、瀬戸川の流れに沿って行きます。
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広い荒城川の川端に佇む弁財天堂まで
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そこを折り返すと本光寺
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雰囲気のある景観に配慮した街並みを歩くのは気持ちいいものです。

元に戻って観光協会で古川祭りのビデオを見せてもらって感激❕ 毎年4月19~20日に行われますが、今年はコロナ禍のため中止です。是非来年は来てみたい。
味処古川で昼食
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古川ラーメン定食、880円。あっさりと優しい味でした。

市役所駐車場に戻って昼休み、出発の準備で荷物を整理していると「あれ~❕」 と声がかかりました。
何と❕ そこにいたのは都竹飛騨市長。
昼食を食べに外へ出た帰りだということです。ちょうど市議会中、1時直前だったため、つかの間旧交を温めただけでしたが、こんな偶然もあるものですね❕❓  

高山へ戻り、国道361号線へ
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この道が美女街道と言われるのは何で❓❓ 木曽まで約80km

乗鞍岳を正面に見て進みます。
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この山の北側(左)には安房峠、南側(右)に野麦峠があります。ここからルートは右側へ、乗鞍岳と御嶽山の間を通り抜けていきます。

ありました、左に野麦峠。
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峠まで20km程、途中まで入りましたが、助手席では不本意そう❕❓
引き返します。

信州と飛騨の境の長峰峠、
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そこから開田高原に入り、御嶽山の雄大な眺め
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今日の宿、木曽路は福島宿の「おん宿蔦屋」
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元禄元年の創業で300年の歴史があるそうです。館内には戦前の貴重な写真も。
江戸時代のお茶壷道中や参勤交代、そして御嶽講の行者さんの宿として栄えてきたようです。

温泉は鉱泉で加温あり、白骨の温泉と比べることには無理がありますが、微かな硫黄の匂いもする良い温泉でした。

夕食が出色❕ 味付け、器、センス、メニュー構成共に文句なし。
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地酒「七笑」と共に美味しくいただきました。

2日間で約270km、奥さん連れでは無暗に走れませんが大いに楽しめる旅でした。


法隆寺に足跡を残す 2020年02月22日16:21 

2月12日は京都から足を延ばして奈良へ。
折角の奈良、奥さんのリクエストに応えて斑鳩探訪となりました。
奈良駅からレンタカーを借りて20数キロ、

斑鳩の里と言えば法隆寺、
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南大門から五重塔が垣間見れました。
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西院伽藍へ足を踏み入れると
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誰も写らない写真、意外です! 参拝客がいません。
コロナウイルスの影響でしょうか!? 人が少ない、こんな写真が撮れるのは稀でしょう。
修学旅行の女学生や個人の参拝者はありますが、観光絵葉書のシーンのようです。

中門を隔てて五重塔
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そして五重塔と金堂
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金堂の柱には精巧な龍の彫り物が
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中学の修学旅行でも来た覚えはありますが、駆け足で通り過ぎ、細部にわたって観察する意識も知識も持ち合わせていなかったことをつくづく実感しました。

大講堂の前に鎮座する燈篭をよく見ると元禄7年、徳川綱吉の寄進とわかります。
「太平武運長久身寿強健」を願っています。
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大講堂に入ると新しい瓦を並べた一角が、平瓦1000円、丸瓦2000円などが並んでいます。
参拝者がこの瓦を寄進すると、今後瓦をふき替える際にその瓦が法隆寺の屋根に葺かれ、100年以上にわたって法隆寺を風雨から守ります。
筆で自分の名前を書くこともできます、ということで、
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何時になるか分かりませんが、この瓦が法隆寺の屋根に上ることを楽しみに、そしてここに足跡を残すこともできました。

回り終えて回廊の詰め所で職員さんのお話を聞きました。

法隆寺は世界最古の木造建築で有名ですが、もう一つ私の記憶に残った特徴がエンタシス、
巨大建築の場合、柱の真ん中を膨らませ、上下を細くすると安定して見えるとか、
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この柱は飛鳥時代のもの、その肌目は
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古代ギリシアのエンタシスが法隆寺に受け継がれたという説もありましたが、それは現在否定されているそうです。

そして明治時代の修理で付け替えられたもの
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その肌目は
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明治からでも100年以上、しかし1400年の風雪に耐えてきた柱の風格とは歴然と違います。
今ではこの太さの木材を探すのも至難の業ですが、建立当時の柱は1本の木を4つに分割したそうです。
芯の部分が狂いを生じやすいから、といいますが、それだけの巨木を探すことは現在では不可能です。
ましてや飛鳥時代の柱は、その前1000年ほどは経っているでしょう。ということは紀元前の木ということ。

そして柱の台座部分、風雨で朽ちてきたものを接木で補修してあります。
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こんなところにも歴史的文化財を後世に残す苦労が分かります。

聖霊院、聖徳太子をご本尊としています。
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大宝蔵院、百済観音や玉虫の厨子が見られます。
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ここは平成10年に建てられました。それまで百済観音を安置する場所がなかったそうです。

そこから東院伽藍へ、ここには夢殿や中宮寺がまとまっています。
夢殿、
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現在、夢殿を参拝するための礼堂が修繕中でした。
夢殿の裏手には中宮寺
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ここだけは法隆寺の参拝料に含まれていません。別途参拝料を払って入場、
中宮寺本堂には有名な如意輪観音安置されています。
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観音様の前で謂れを説明していただきましたが、観音様のお顔が何となくわが社のS女史に似ているような。

奈良駅を発ったのが10時半、それから昼食をはさんで約4時間。
斑鳩から奈良公園へ
鹿の群れと糞とを避けながら奈良国立博物館へ、
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ここではまず特別展示の東大寺お水取りを見ました。
燃え盛るたいまつを振りかざす僧が着る紙子=和紙で作った装束が印象的。実際に着たのでしょう、大きく裂け、煤で黒ずんだ紙子が修行の激しさを語っています。

なら仏像館、多くの国宝や重要文化財の仏像に囲まれて圧巻でしたが、しばらく仏像は食傷気味か。

レンタカーは6時間契約。奈良から京都に帰り、京都駅ビルで夕食。
京都に来たら鯖寿司を食べたいという奥様のリクエストに応えて
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古都を巡る旅を終えました。

改めて奈良を巡り、静かな法隆寺を堪能し、足跡(瓦)も残せて満足でしたが、ここにはまだ数多な見どころがあることが判明しました。
きりがないとは思いますが、これからも何度も足を運びたくなる古都でした。









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